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第173話

 ミシェル・リィ・バレイビナ。彼女は幼少期から貴族の間では有名だった。  人形のように可愛らしい面差しは歳をとって大人になると神々しいまでに美しくなり、柔らかな声音で紡がれる言葉はおっとりと優しくて。常に微笑みを絶やさない彼女とダンスを踊りたいと願う男達が舞踏会では列をなし、時の王妃や夫人たちもお茶会に誘ったりと彼女を側に置きたがった。そんな彼女がノーウォルト侯爵と結婚することになった時は地獄のような野太い悲鳴や叫びがあちこちで上がったようだが、ミシェル本人がノーウォルト侯爵を好きだと隠しもしない様子であったので、誰もが涙を流しつつも諦めるより他なかった。  大好きな人と結ばれ、大好きな人に愛され、すぐに跡継ぎである男児に恵まれて。侯爵夫人として何不自由なく過ごし、大きなお屋敷で子供と戯れながら夫の帰りを待つ。そんな多くの貴族令嬢たちが夢見る幸せな暮らしに影が落ちたのはいつの頃だったか。少なくとも遅くに授かったフィアナが産まれて少し後までは、なんらその予兆はなかった。

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