179 / 196

第179話

「ヒュトゥスレイか……。随分と研究が進んでいるとはいえ、どんな要因でなるのか、その症状に規則性があるのかも未だ解明されていない奇病」  ゆったりとした夜着を纏って果実水を飲む妻の腰を抱き寄せて、自らも寛いだ姿でワインを揺らしていたラージェンは独り言のように呟いた。  ヒュトゥスレイ。バーチェラに昔から存在し、あの美しく優しかったフィアナの母を葬った不治の病。 「ええ。お母さまの時は、痛み止めも進行を緩和させる薬も何もありませんでしたから、今はたとえそれがその場しのぎの一時的なものであっても薬があるだけ少しはマシなのでしょうけれど」  それでも、ヒュトゥスレイを治すことのできる薬は存在しない。技術大国とも呼ばれるバーチェラであっても、薬の開発は最先端ではない。痛み止めや進行緩和の薬もオルシアからの輸入に頼っているためどうしても価格が高くなり、誰もが手を出せる代物ではなかった。結果的に経済の余裕がある貴族や豪商の家は薬で進行を遅らせることもできるが、余裕のない者達はヒュトゥスレイの闇に呑まれ、狂い死ぬ運命。 「……特効薬は、未だにございませんわ」  大国を妬んだことはない。フィアナはバーチェラが大好きなのだから。けれど、薬を作れず病に対して無力であることを今ほど悔しく思ったことは無いだろう。

ともだちにシェアしよう!