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第189話

「い、いったい急になにを……」  今は公爵なんて呼んでないのに、と言い募るアシェルにルイは苦笑する。 「アシェルが変な事を言おうとしているように思ったので。それに、婚約者なら口づけのひとつやふたつ、していて普通でしょう?」  それはそうかもしれないけれど、と恨みがましくアシェルが顔を上げてルイを見た瞬間、思わず「ひぅッ」と小さな悲鳴を上げた。 「な、なんか、捕食者みたいな怖い顔してる……」  ルイはいつも通りニコリと微笑んでいるのに、どこか醸し出される雰囲気が怖い。思わず身を引いたアシェルであったが、ルイが逃がすはずもない。グイッとさらに抱き寄せられ、アシェルは更にルイに密着してしまう。 「あながち間違いではありませんね。いつか、あなたを食べたいと思っていますから」  言った瞬間、ヒッ! とアシェルは再び悲鳴を上げる。 「も、もしかして、人を食べる趣味が……?」  だからアシェルがどういう状態であるか知っていてなお結婚したのかと顔を真っ青にさせ、カタカタと震える。そんな本気で震えているアシェルにルイはガクリと肩を落として深々とため息をついた。 「そんな趣味、あるわけないでしょう。流石に想像するだけで恐ろしい。……アシェル、あなた本当に私より年上ですか?」 「どう考えても年上だ。もしかして今、僕は嫌味を言われているのか?」  勘違いしたのは申し訳ないが、ならば先程の〝あなたを食べたい〟とはどういう意味なのか。少なくとも嫌味を言われる理由は無いと腕を組んで眉根を寄せるアシェルに、ルイはその肩口に顔を埋めて再びため息をついた。吐息がくすぐったかったのか、モゾリとアシェルが身じろぐ。 「いいえ、純粋な感想です。アシェル、あなたよく今まで無事でしたね」

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