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第190話

 嫌々でも社交界には最低限出ており、城で官吏として働いてもいたというのに、随分と無垢だ。男が集まれば、そこが職場だろうが社交場であろうが色事の話になることも多いだろうに、どうして今時社交界に出たばかりのご令嬢ですらしない勘違いをするのか。 (もしや、わかっていて勘違いしているフリをした、とか……?)  チラとアシェルを見るが、彼はキョトンとしながら首を傾げている。どうやら本気でわかっていないらしい。 (本当に、よく無事でしたね)  この無垢な人に手を出せる時が来るのか? と若干遠い目になったルイだったが、トン、と太ももに小さな重みを受けて顔を上げる。アシェルが動いたのかと思ったが、彼はルイの膝に座ったまま自らの膝を見つめていた。そこには小さくてまん丸な茶色がある。 「……え? ね、ね、こ?」  戸惑ったアシェルの言葉通り、そこには小さなネコがいた。急に現れた柔らかで明るい茶色のネコは、アシェルの膝の上にのんびりと身体を預けており、彼の顔を見上げて小さく鳴き声をあげた。 「ビックリした……」  ふぅ、と息をついてアシェルはネコを抱き上げる。そして躊躇うことなくその頭を撫でた。 「小さなお姫様、どうしてここへ? お母さまは一緒じゃないのか?」  優しくネコに語り掛けるアシェルはどこか慣れていた。その優しい声音に、やはり彼はどこまでも兄なのだなと小さく笑みを零して、ルイはネコに視線を向ける。

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