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第208話
普段は使用人たちが外に誘うほど部屋に籠っているアシェルが珍しく外に出たいとルイに願ったのは、湯あみも終えて寝台に腰かけた時だった。
「構いませんが、どちらへ? 遠い場所に行かれるのでしたら、身体の負担を減らすために大きめの馬車を使ってくださいね」
アシェルからすれば小さな馬車も充分に振動が少なく、座り心地も良いと思うのだが、ルイはアシェルの身体に僅かも負担を与えたくないのかそればかりは譲らないと言う。そんな彼に苦笑しながらアシェルは首を横に振った。毎日のことだからか、最近はこの過保護にも少し慣れてきたようだ。
「そう遠くはないし、途中で花屋にも寄りたいから大きな馬車はちょっと、不便だな」
花屋、と聞いてルイはアシェルがどこに行きたいのかを悟った。
そうだ。明日はアシェルの母、ミシェル・リィ・ノーウォルトの命日だ。
「ではお忍び用の馬車を用意するよう、明日の朝に命じておきますね。でもアシェル、気持ちはわかりますが決して無理はしないように。天気が悪かったり、身体に不調があれば延期してくださいね」
死者を弔うのは大切なことであるが、何より大切なのは今を生きている者だ。特に雨季が近づいている今、アシェルに無理をさせるわけにはいかない。ルイの心配とは違い、町中で倒れるわけにはいかないという理由ではあるものの、アシェルも無理をするつもりはないと素直に頷いた。
「幸いにお母さまのお墓はそう遠くないし、お父さま達と約束もしていないから祈りが済めばすぐに帰ってくる。フィアナと会えば少し話をするかもしれないが、正直なところ会うかどうかもわからない。実際、去年はすれ違いにすらならなかったし」
母の死はアシェルに消えぬ衝撃を与えたが、フィアナもまた傷を負っている。それをどうしても考えてしまうだろう明日に、兄としては妹の側に少しでもいてあげた方が良いのかもしれない。だがフィアナは公務の合間を縫って来るだろうから、そんな時間があるかどうかも怪しいものだ。
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