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第217話

 ヒュッ、と息を呑む音が聞こえた。そう遠くない未来にこの時が来ると覚悟はしていたが、いざその時が来ると頭が真っ白になり、心臓が早鐘をうつ。 「お父様が……?」  呟いたフィアナの声が僅かに震えているのを感じて、アシェルは咄嗟に手を伸ばす。黒いレースの手袋に包まれた手をそっと握れば、フィアナは縋るような視線をアシェルに向けた。 「お兄さま……」  掠れる声に「おいで」とアシェルは優しく手を引く。それに逆らわず膝を曲げて近づいてきたフィアナの華奢な身体を抱きしめて、ポンポンとその背を優しく撫でた。 「大丈夫。大丈夫だよ。一緒に行こう」  馬車に乗せてくれるか? との問いかけに兄の胸に縋っていたフィアナはコクンと頷き、顔を上げた。  幼き日よりずっと、兄の〝大丈夫〟は魔法の言葉だった。その一言があれば、どんなことでも乗り越えられると、どうしてか大人になっても信じることができる。 「ええ、お兄さま。私の馬車に乗ってください。ロランヴィエル公も一緒に」  フィアナが乗ってきた馬車は充分な大きさがある。フィアナについて来た侍女やエリクたちはアシェルの馬車に乗れば問題もないだろう。頷いたルイがこちらの方が早いとばかりにアシェルを抱き上げて歩き出す。車椅子はエリクが移動させて馬車に積み込んだのを見て、フィアナは馬車に乗り込み兄が隣に座るのを手伝った。ルイも乗り込んで馬車の扉が閉められる。重い沈黙に包まれながら、三人は揺れる馬車に身を委ねた。

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