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第282話

「何を驚いているんです? 第一連隊は実力主義なんですから、今更連隊長を代えたって素直に従うはずないでしょう。休みはいくらでも取っていただいて構いませんけれど、辞められては困るんですよ。とはいえ、今回の件はアシェル殿に関わりのある事なのでしょう? あの方がヒュトゥスレイを患っていることなど、他の者はともかく近衛や連隊の上層部はとっくに知っていますよ。あれは隠そうと思っても隠しきれるものではありませんからね。特に今は雨季。連隊長が休みを取っているこの時にアシェル殿から離れて城に来るなど、我々に何の通達も無い以上それしか考えられません。そしてそれは楽観視できるものでなければ、僅かな希望でもあるはず」  これでも敵に惑わされぬよう、間諜を許さぬようにと人を観察する目は鍛えられている。これだけの状況証拠が揃っていて何も察せられない人間など、第一連隊には存在しない。 「あなたが休んでいる間は、私が指揮をとります。あなたが必ず帰ってくるのであれば、隊士たちも留守を任されたと躍起にこそなれ、不平不満は言いません。アシェル殿はあなたがあんなに必死になって求めた方だ。あなたが必要だと判断するのなら、側にいてください。あなたが辞めず、必ず帰ってくると約束してくれるのであれば、我々は待ちますから」  必ず帰ってこい。そう何度も何度も繰り返すマルスの言葉にルイは己の剣に視線を向ける。 「陛下、先程の言葉を一部訂正して、今一度お願い申し上げます。私に、アシェルをオルシアまで連れて行かせてください。――雨季が終われば、アシェルは様子をみますが私自身は一度バーチェラに帰ってくるとお約束いたしましょう。後の事は、その時に考えます。オルシアの治療を受けてアシェルがどうなるか、まだわかりませんから。ですからどうか、今は私にアシェルを連れて行かせてください。風のごとく駆け、誰よりも早く、安全にオルシアまで向かうと約束いたします」  だから、どうか……。  永遠とも思える、一瞬の沈黙。小さく息をついてラージェンは立ち上がった。 「まったく、仕方のない子だ。普段は聞き分けが良いというのに、アシェルの事となると途端に頑固になる」  さほど歳は離れていないはずであるのだが、ラージェンはまるで息子を見るような目でルイを見つめた。 「だが、まぁ良いだろう。アシェルも随分と頑固だからね。ルイくらいの頑固さで丁度良いのかもしれない。それに、アシェルは私の前だと臣下の礼が消えないし、フィアナはいつまでも妹だからね。やっと甘えられる存在ができたのなら、今この時に取り上げてしまうのは流石に可哀想だろう」  ずっと独りで立つどころか妹を支えて生きてきたのだ。甘えられる存在ができたというのであれば、側にいさせた方が良い。幸いな事にマルスをはじめとする第一連隊も全面的に協力体制であるようだから、頑張ってもらうとしよう。 「ルイ・フォン・ロランヴィエル公爵。そなたに勅命を下そう」  ルイの前に立つラージェンに「はッ」と短く答えて臣下の礼をとる。頭を垂れた公爵に、ラージェンは小さく微笑んだ。 「アシェル・リィ・ロランヴィエルを無事、オルシアに連れて行き治療を受けさせるように。そして、アシェルと共に我が国へ帰ってくることを待っている」  雨季が終わるころには――。そんな願いを込めた勅命にルイは深く頭を垂れた。 「必ず」

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