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第283話
二人で王の執務室を出た瞬間、ルイはマルスに深く頭を下げた。なんとなく予想できたことであるため驚きこそしないが、そんな年下の上司にマルスは苦笑する。
「公爵であり連隊長であるあなたに、そんなに深く頭を下げてもらうようなことはしてないんですがね」
ただ休暇中の留守を預かると言っただけだ。だというのにルイはゆっくりと首を横に振って否定した。
「いや、あなたが口添えしてくれたから、私はアシェルの側にいることができます。なんとお礼を言えば良いのか」
ラージェンは幼少よりの仲としてルイには甘いが、それでも王としての線引きは忘れない。あのままであればフィアナか、あるいは城の侍従がアシェルを連れて行き、ルイは側にいることさえ叶わなかっただろう。
自らに連隊長の座を譲った時からよくわからない、掴みどころのない御仁だとは思っていたが、今回はその予想できない行動に救われた。
「礼なんて必要ありませんよ。陛下――いや、王妃殿下の手前、あなたの為だと言いましたがね。本音は私の罪滅ぼしでもありますから。あなたから礼を言っていただけるほど崇高な行動とは言えませんね」
罪滅ぼし。その言葉にあぁ、とルイはゆっくりと瞬きをする。
「そういえば、アシェルの母君もバレイビナ家の方でしたね」
ミシェル・リィ・バレイビナ。社交界で輝いていた、美しい人。
「ええ。ミシェル殿は我が父の妹でしてね。ノーウォルト兄妹は私の従兄弟にあたります。ですが、私はハンス殿とも、ウィリアム殿やジーノ殿とも気が合いませんで。それゆえにアシェル殿のことは誕生祝の時と、ミシェル殿の葬儀の時くらいしか会ったことがないのですよ」
アシェルでそうなのであるから、当然フィアナともあまり面識がない。バレイビナを名乗っているのだからフィアナも関係には気づいているだろうが、それだけの他人だ。
「ノーウォルトの惨状は耳にしていました。ですが、助けようとはしませんでした。それどころか、様子をみようとすら。私は既に大人で、助けるだけの力もあったでしょう。けれどハンス殿やウィリアム殿と関わりたくないという気持ちを優先し、幼子を見捨てました。城であの方の白い髪を見る度、己の罪を思い知らされる」
面倒だ。その心を優先し、子供が子供を背負っていると知っても知らぬふりを貫き通した、その罪。
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