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第284話

「手を貸すことすらしなかったのです。ならばこれからも気にしなければ良いというのに、棘のように刺さったまま抜けません。――アシェル殿には幸せになっていただきたいのです。我が身可愛さ故ですがね。それに、第一連隊の者として、連隊長の結婚式には参加しませんと」  アシェルを失えば、それは叶わなくなる。そう小さく肩を竦めるマルスにルイは苦笑し、ひとつ頷く。 「アシェルとあなたの間にあることを私がとやかく言うことはありません。とにかく、此度の事には感謝を。――必ず、アシェルを連れて帰ってきます」  その時のアシェルはきっと、笑ってくれているように。 「ええ、我ら一同、心よりお待ちしております。連隊長」  姿勢を正し敬礼するマルスに、ルイはひとつ頷いて踵を返した。  アシェルの薬以外は、必要最低限で良い。幸いバーチェラからオルシアまでは街も多いから、必要な物があればそのつど買えばいいだろう。 「無理をさせてすまないが、助けてくれ」  鞍をつけた愛馬の鼻面を撫でれば、もちろんだと言うように勇ましく嘶いた。そんな愛馬に微笑みながら、しっかりとフードのついた外套に包んだアシェルを抱き上げる。薬で眠っているアシェルは、しかし眉間に皺を寄せて何かを耐えているようだ。何の慰めにもならぬとわかっていて、しかしどうか少しは苦しみが消えるようにと願い、その眉間に口づけを落とす。  昼間は人々の往来が多く、馬を全速力で走らせることはできない。それゆえにルイは人々が眠る夜中に出発することにした。ルイはもちろん、必要とあらば軍務にすらついて行くことのあるベリエルは強行軍に慣れている。二人で先にオルシアまで駆け、後から車椅子など必要なものをエリクが持ってくる算段だ。 「旦那様、荷は積みました。いつでも出発できます」  いつもの燕尾服から旅にふさわしい服に変え、外套を羽織ったベリエルが馬を連れてくる。それにひとつ頷いてアシェルを愛馬に乗せようとした時、城の方から馬蹄の音が近づいてきた。視線を向ければ、フィアナを腕に抱いたラージェンと、彼らを守るように数名の近衛が馬に乗って走ってくる。

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