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第285話

「よかった、間に合ったようだ」  ルイの前で止まったラージェンが、フィアナを抱いたままヒラリと地に足をつける。フィアナはアシェルに駆け寄ってその手を握り、ラージェンは懐から取り出したものをルイの懐に差し込んだ。 「これを、オルシアに着いたらアルフレッド王かシェリダン妃に渡してほしい。封に私の紋章を押しておいたから、これを見せれば特使としてすぐに通してもらえるだろう」  ラージェンとオルシアのアルフレッド王は幼馴染と言ってよいほどに仲が良いと聞く。確かにラージェンの紋があれば話は早いだろう。 「ありがとうございます」  アシェルを抱いているため膝をつくことはしないが、深く頭を垂れるルイにラージェンはひとつ頷く。そして心配で泣きそうになり、いつまでも兄の手を離さないフィアナの肩を抱いた。引き寄せられ、兄の手が離れる。 「お兄さま……」  重さなど感じさせない動きで馬に跨るルイを見上げる。彼の腕の中にいる兄は、ずっと眠ったままだ。フィアナの声にも反応してくれない。  待ってほしい。  行かないでほしい。  そんな我儘が口から出そうになって、フィアナはドレスを握りしめることで必死に耐える。 「では陛下、王妃殿下、御前失礼を」  小さく礼をして、ルイとベリエルは馬の腹を蹴る。勢いよく駆けるその姿に、フィアナは思わず駆けだした。 「お兄さまッ!」  待って、行かないで!  縋りつく幼子のように手を伸ばす。  お兄さまが行ってしまう……。 「お兄さまッ!」  行かないでッ!  遠くなるその姿に視界がぼやける。足が絡まり、体勢を崩した。 「フィアナ」  地に膝をつけるよりも早く、追いついたラージェンがフィアナを抱き留める。夫の胸に抱きしめられて、ボロボロと涙が零れ落ちた。 「お兄さま……」  私のお兄さま。  どうか、どうか――ッ。 「ああぁあぁあぁぁぁ――ッ」  何度も何度も胸の内で願う。抱きしめてくれる夫の胸に縋りつき、フィアナは幼子のように泣き叫んだ。

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