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第300話
「僕が、これを?」
美しい懐中時計だとは思う。だが、自らの執事を名乗るエリクに毎朝つけてほしいと願うほど、特別であるようには見えない。
「アシェル様の妹君、フィアナ王妃殿下からの賜りものだとお聞きしています。アシェル様にとって、とても大切なものだと」
妹。
フィアナ王妃殿下。
賜った、銀の懐中時計……。
(大切な、もの)
何もわからないまま、アシェルは無意識にカチッと巻き部分を押して蓋を開く。だが、特別変わった様子は無い。
妹からの贈り物だから特別なのか。それとも王妃殿下からの賜りものだから特別なのか。
エリクが知っているのなら既に話してくれているだろう。だが、エリクはこれ以上を語る様子はない。ルイならば何かを知っているだろうかと懐中時計をサイドテーブルに戻そうとした時、指の腹に僅かな窪みを感じた。
(……?)
なんだろう、と深く考えることもなく懐中時計を己の元へ再び引き寄せ、裏返す。そこにやはり、窪みがあった。爪を引っ掛ければ、そこは容易く開く。
「これ、は……」
裏に隠されていたのは軍服を纏った男の肖像画だった。凛々しいその姿は、目を覚ましてからずっと側にいてくれるルイによく似ている。随分と腕のある絵師によって作られたのだろう肖像画には小さな紙片がくっ付いていて、触れた瞬間にヒラヒラと寝台の上へ落ちた。二つ折りにされたそれを拾い、視線を落とす。
〝敬愛する婚約者 ルイ・フォン・ロランヴィエル公爵〟
たったそれだけが書かれた紙片。こんなもの、ルイの執事であるエリクが持ってきたのだからいくらでも細工はできる。アシェルの中に覚えているものは何もないのだから、それはなおさら容易いだろう。だが、アシェルには何故か、これを書いたのは自分だという確信があった。
今年もたくさん読んでいただき、ありがとうございました!
新年も空気とか縁起とか気にすることなくこのまま更新します。
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皆様よいお年を~
十時(如月皐)
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