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第301話
(敬愛する婚約者……)
自分は何を思って、そんな言葉を書いたのだろう。いつかこのことを忘れると、知っていたのか? そもそも、なぜ自分は多くの事を忘れている? どうしてこんな綺麗な部屋にいて、どうして毎日毎日注射を打たれ、見張られるように誰かが常に側にいるのだろう。
ルイは治療のためにここへ来たと言った。確かに身体はずっと怠くて、思考がボンヤリとしていることが多い。気が付いたら眠っていて、夜になっていたことも、昼になっていたこともあった。それを考えるならば、ルイの言う通りこの身は病を患っているのだろう。
だが、それが何だというのか。
(もういい……)
随分と口に馴染む言葉だ。その瞬間だけ、どこか身体から力が抜ける。捨ててしまえばいいと思うのに何故だかそれもできなくて、紙片を畳むと元のように懐中時計の裏側に仕舞った。カチッと蓋を閉めてサイドチェストに置こうとして、なのに己の手は懐中時計を握り込んで離さない。
ままならないものだ。己の身体ひとつ、思うままに動かせないなんて。
(でも、それも今更、か……)
あぁ、また瞼が重くなってきた。
アシェルはどうしているだろうかと気になりつつ、ジルアやベリエル、そしてエリクが側にいるのだからそうそう問題は起こらないと自分に言い聞かせて、ルイは旅の汚れを落とし新しいドレスに着替えたフィアナと共にアルフレッド王とシェリダン王妃に会っていた。
「お久しぶりですわね、アルフレッド陛下、シェリダン妃。今回は私のお願いを聞き届けてくださって、なんとお礼を言えばよいか」
長旅の疲れなどまったく見せないフィアナが深く頭を下げるのにシェリダンは慌て、アルフレッドは小さく苦笑した。
「そう深く頭を下げるほどのことでもない。こちらがバーチェラに助けられることも多々あるのだ。持ちつ持たれつで良いだろう」
そう言ってアルフレッドは紅茶などを用意していた女官達を全員下がらせ人払いをすると、懐から封の切られた書状を取り出した。
「さて、そちらも早くアシェル殿の元へ戻りたいだろうからさっそく本題に入るとしようか。ラージェンからの書状を読ませてもらったが、詳細はロランヴィエル公爵から聞いてほしいとあった。それを聞かせてもらっても?」
そう言ってアルフレッドから渡されたラージェンの書状に視線を落とし、ルイは思わず小さな笑みを零した。
昨年は沢山読んでいただき、ありがとうございました
本年もどうぞ、よろしくおねがいします!
十時(如月皐)
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