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第302話

 流石に実の兄妹であるアシェルとフィアナほどではないが、ラージェンとルイもそれなりに気安い関係だ。仕事の合間に会話することも多く、ラージェンもルイの言葉に耳を傾けることを厭わない。アシェルをロランヴィエルに迎えたいと本格的に動き出した時、ルイはラージェンにひとつ、どうにかならないだろうかと相談していたことがあった。それを彼は覚えていてくれたのだと、どこか胸が温かくなる。  我が王の与えてくれた機会を無駄にせぬようにと、ルイは顔を上げた。 「アルフレッド陛下もご存知だと思いますが、ヒュトゥスレイは雨によって身を蝕む病です。こちらでお世話になり幾度もジルア殿が診察してくださったが、例え症状が出なくなり、普通の人と変わらぬ生活ができるようになったとしても、服薬を止めたり、雨が降る環境に長期間身を置けば、ヒュトゥスレイは再び身を蝕み滅びをもたらすだろうという結論は変わりませんでした。日常に起こる雨であれば、薬でどうにかできるかもしれません。しかし、バーチェラには雨季があります。これを薬だけで乗り越えるのは、難しいと」  毎日毎日降り続く雨を、アシェルは耐えることができない。エリクと共にやって来たロランヴィエルの主治医がジルアから詳細を聞き、バーチェラでも治療ができるようにと対策しているが、たとえジルアの医術をすべて主治医が持ち帰り、薬を万全に揃えたとしても、雨季だけはアシェルの身を蝕み続けるだろう。  ロランヴィエルはバーチェラ最高の公爵だ。あちこちに別荘を持っている。だが、どこへ逃げようともそこがバーチェラである限り、雨季から逃げることなどできない。  ならば――。 「私が公爵である限り、難しいことは承知の上でお願い申し上げます。どうかオルシアの地に一軒、家を建てさせていただきたい。雨季の間だけ、アシェルをバーチェラから出したいのです」  アシェルの身を、雨季が無い場所に移すしかない。ずっとバーチェラを離れるのはアシェルも望まないであろうし、ルイも生活を成り立たせようと思う限り不可能に近い。だが雨季の間だけであるならば、避暑のようなものと考えれば何も問題はないだろう。  だが、バーチェラ国内であれば優位に働く公爵位も、他国では逆転する。バーチェラの民がオルシアに一時住もうと、あるいは移住しようとオルシアは何も言わないが、バーチェラの公爵が大使でもないのにオルシアの土地を買い、屋敷を建てて住まうのを良しとはしないだろう。それは何もオルシアだけではない。どの国であろうと、それを無条件に許可してしまえば、徐々に土地を奪われ、戦も無しに国が奪われてしまうこともある。そんな危険なことを、一国を統治する王が許可するはずもない。だが、わかっていてルイは願った。  どんな困難も、アシェルの身には代えられない。

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