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第304話

「会議で決定すれば、すぐに私かシェリダンが伝えよう。ラージェンへの正式な書面も作っておく。医者でない私にはこの先を知ることはできないが、少なくとも今年の雨季が終わるまではこの城に滞在してもらって構わない。いつ帰国するのかも含め、その先のことは雨季が終わってから考えても構わないだろう」  助け、助けられ、そうしてオルシアとバーチェラは友好を結んできた。その友情を忘れることは無いと約束するアルフレッドは、離れていては心配が尽きないだろうとフィアナとルイに退室を促した。その気遣いにもう一度深く頭を下げて、ルイはフィアナと共に部屋を出る。ドレスを纏ったフィアナの歩調に合わせ、彼女の半歩後ろを歩いた。 「ロランヴィエル公、あなたにはたくさんの感謝と、沢山のお詫びを申し上げねばなりませんわね」  両手で扇を握りしめるフィアナをチラと見て、ルイはアシェルのいる部屋の扉を開く。先にフィアナを通し、自らも中に入った。どうやら眠ってしまったらしいアシェルの側に控えていたジルアとベリエル、エリクが二人に気づき、向き直って礼をする。そんな彼らに楽にするよう告げて、フィアナはアシェルの側に駆け寄った。会話が聞こえぬよう気を遣ったのだろう、ジルアも含め、ベリエルたちは扉の向こうにある使用人の控室に下がる。パタンと扉が閉められたのを確認して、ルイはフィアナに視線を向けた。 「それを頂くべきかどうかは別として、感謝はなんとなく想像できますが、王妃殿下にお詫びいただくようなことには心当たりがないのですが」  起きてほしいような、眠りを妨げたくないような、そんな優しく弱い手つきでアシェルの髪を撫でていたフィアナが瞼を閉じ、まるで今から罪を裁かれる者であるかのようにルイへ向き直った。 「ロランヴィエル公とお兄さまが発った後に、幾度も私の方へ報告が来ましたの。ノーウォルト侯爵が、公爵のお屋敷を訪ねたと。それが何のためであるのかわからないほど、私は長兄を知らないわけではありませんわ。でも、報告を受けるまで忘れていましたの」  メリッサは流行や派手なことが大好きで、ウィリアムはそんな妻を止める気もなければ、侯爵としての体面に固執する性格だ。ウィリアムとそう歳の変わらないジーノが説得なりしてくれればとも思うが、ジーノは当たり障りのない関係を続けているものの心の中では既に見切りをつけていて、面倒な関りは避けている。  長兄夫妻の性格も、次兄の性格もわかっていたはずなのに、フィアナはそれを完全に忘れていた。 「あなたからお兄さまへ申し出があった時、私は確かに喜びましたわ。お兄さまにとって、あなた以上に良い人はいないだろうと。私はお兄さまのことだけを考えて、あなたを選びましたの。あなたとお兄さまが結婚すれば、ウィリアムお兄さまがあなたか、あなたに言えずともお兄さまにお金を強請りにくることは分かりきっていたことですのに」  フィアナはアシェルが好きだ。大好きで、大好きで、幸せになってほしい。だが、何もアシェルがフィアナにとって血の繋がりがある兄であるから好きなのではない。その証拠に、同じ血が流れているはずのウィリアムやジーノのことは、アシェルほど好きにはなれなかった。  もちろん、彼らは等しく兄だ。会えば嬉しくもなる。だが、それさえも聞きたくないものを聞かなくて良いように、してはならないことを強請られないようにアシェルが先んじて守ってくれたからに過ぎない。

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