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第305話

「ごめんなさい、ロランヴィエル公。私が周りのことを考えずあなたとお兄さまの結婚を望んでしまったから、あなたにはいらぬ心労をかけてしまいましたわ」  アシェルと結婚さえしなければ、あの良い顔をしたいだけで小心な長兄は最高位のロランヴィエル公爵の前に立つことさえできなかっただろうに。アシェルとの婚姻という繋がりができたから、彼らはロランヴィエルの資金にさえ目をつけるようになった。  ウィリアムらにとって、アシェルは御しやすい存在だ。兄であるというだけで、どこまでも搾取しようとする。 「やはり王妃殿下にお謝りいただくことではないと、私は思います。たとえ血縁関係があろうと、行動の責任を取るのは本人であって、身内ではありません。王妃殿下がウィリアム殿や夫人を唆していたというのであれば話は変わってくるでしょうが、アシェルがヒュトゥスレイを患っていると兄君たちに明言しなかったあなた様が、そのようなことをなさったりはしないでしょう」  言わなかったのはアシェルが隠そうとしていたから。フィアナはそう考え、問われればそのように返していた。そこに偽りなど無い。だが胸の奥深くに隠した本心をルイに見抜かれていると悟って、フィアナは小さく苦笑した。精鋭ぞろいの第一連隊を束ねる連隊長を前に隠し事など不可能、か。 「ええ。城に移るまで私を育ててくれたのはお兄さまと言っても過言ではありませんもの。お兄さまの教えはずっと、私の中に残っていますわ。だから、お兄さま以外の家族とはあまり気が合いませんの。お父さまの体面を気にしてお兄さまが正しかったと知ってなお罰を与え、褒めるどころか謝りもしない性格も、お母さまの可愛いが過ぎて必要な時に必要な諫めをしないことも、ウィリアムお兄さまの浪費癖も、そのくせお金が無くなったら弟や妹に顎を上げてお金を用意させればいいという考えも、ジーノお兄さまの面倒なことには無関係を貫き通して、兄が問題を起こそうが弟が困っていようが自分や妻が無事であれば徹して我関せずを貫いて誰かが解決してくれるのを待つ性格も、嫌いでたまりませんわ」  ラージェンが求婚しフィアナが次期王妃だと確定するまで、ウィリアムもジーノも年の離れた妹を持て余し、自分の婚約者と共に居るのが忙しくて関わることをしなかった。その様はまさしく一緒に住んでいるだけの他人だっただろう。父は仕事や社交界で忙しく、母も社交界や、後年は病で臥せりフィアナを充分に構うことができなかった。幼かったフィアナは側にない愛情を求めて父母を恋しがり、長兄や次兄に隙あらば話を聞いてほしいと纏わりついていたが、ノーウォルトを離れ城で生活するようになってようやく、父でも母でも長兄や次兄でもなく、ずっと側にいてくれたアシェルの存在こそが誰よりも幼き日のフィアナにとって大切であったと知った。

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