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第307話
「お立ちになって。私は王妃ですけれど、義兄になる人をいつまでも跪かせるわけにはいきませんわ」
ルイに手を差し伸べて、寝台の側にある椅子に向かい合うようにして座る。顔を動かさずともアシェルの寝顔が見える位置にある椅子はルイに譲り、フィアナは身体を少し横に向けて兄の髪にそっと触れた。
「ねぇ、ロランヴィエル公。あなたはずっとお兄さまを好いていてくれたようですけれど、それはあなたの結婚相手の理想にお兄さまが近かったからかしら?」
リゼルから話を聞いているフィアナはそれに対する答えを知っているけれど、ルイはフィアナが父親から過去を聞いているなどとは知らない。だからあえて問いかけたそれに、やっぱりルイは首を横に振って否定した。
「いいえ。あえて言うならば私の理想にアシェルが近かったからではなく、アシェルが私の理想なのです」
迷いなく告げられる答えにフィアナは抑えるこができず笑みを浮かべた。
「ならやっぱり、私は何も間違っていなかった。そうでしょう? お兄さま」
眠っているアシェルはそれに応えることは無い。だがフィアナは兄の答えなど知っているとばかりに微笑んでいる。なんの話だろうかと小さく首を傾げているルイに、フィアナは悪戯っ子のような視線を向けた。
「ふふふ、もうずっと昔の話ですわ。まだ私がノーウォルトの屋敷で生活していた時に、お兄さまに言ったことがありますの。ラージェンのことは好きだけど、私もお伽噺のような恋をしてみたかったって」
だって恋が何かも知らずにラージェンと婚約したから、そこにドキドキも何もなかった。ラージェンはフィアナのことを本当に大切にしてくれて、ラージェンの両親を筆頭に城の者達もフィアナに対して甘く、そして温かかった。誰がどう見ても恵まれた環境であったが、幼いフィアナは兄がお伽噺を読み聞かせてくれるたびに自分も誰かと運命の出会いをして、冒険をして、相手は自分のことを好きだろうかとか、そんなことを思って眠れぬ夜を過ごして、この胸をドキドキハラハラと弾ませてみたいと思っていた。そんな思いがずっと胸の内にあったからだろうか、ある日ポツリと零してしまった時がある。その時も、兄がフィアナの為に有名なお伽噺を読み聞かせてくれていた。
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