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How to keep a popular partner in love?
「直がモテるってのは十分予想してた。想定の範囲内だよマジで、ガチで。でもさ、正直言って、ここまでとは思ってなかったんだよ」
ナオは先ほどから、ここから少し離れたところで、声をかけてきた見知らぬアジア系女性と立ち話している。それをアラタが、昼食の待ち合わせ場所である、大学構内のカフェテラスの席からじっと観察していた。
「なんかやっぱ、見てるよな……」
アラタが辺りを見渡す。ぼくも釣られて視線を移す。
ナオの方向を向いている人達が、確かに数名いる。歩きながら見ている男性。立って携帯をいじりながら、時折顔を上げて様子を窺っている男性。ぼくらがいる二つ向こうの席に座ってる女性達は、頬を赤く染め顔を寄せ合い話しながら、立ち話をするふたりを堂々と眺めている。
「あー、くっそ」
握りしめすぎたのか、アラタのアイスコーヒーのカップがベコっと音を立てた。
「君もね、アラタ」
アラタが慌ててリュックからティッシュを取り出そうとしているのを横目に、がしゃがしゃとストローでカップの中身をかき混ぜながら、ぼくは指摘した。
「見過ぎ。そんなに見てなくても大丈夫だよ。君、相手がナオにとって脅威かどうかなんて、すぐ判断できるだろう?」
「そっちじゃねえんだよ。なあ、ロビンがいない俺達ふたりの時、いっつもこんななんだ。俺がいない時も同じなのか?」
「えーっと、どうだったかな……アラタがいなくてナオと一緒の時は、大体授業のこととか研究内容についてずっと話してて、周りの目なんていちいち気にしてなかったから」
「なあ、髪切らせたら大丈夫って話じゃなかったのか」
「魔力を帯びた髪は確かになくなったけど、身体から発せられる魔力というか、オーラというか、そちらの方が最近めちゃくちゃ高まってるからね。それだけで、魔法使いの目を引くのは間違いない」
「は、嘘だろ?」
アラタが明らかに衝撃を受けた顔をする。ええと、
ぼく、驚愕する様なことは一切言ったつもりはないのだけれど。
「君のせい、というか、君のお陰だよ。質の高い魔力が大量に保有できている証拠さ、嘆くことではないよ。ただ、先ほどから気になっているのは」
「何?」
言って良いのだろうか。ちょっと躊躇われる。でも、彼が気づいていないというのも不思議だ。
「いまナオと話してる女性は非魔法使いだ。君、見分けはつかないの?」
「え」
アラタは目を丸くした。
「魔力を感じ取っているわけではないと思う。でも、もしかすると非魔法使いの目にも、魔力を大きく保持している者が魅力的に映ったりするのかもしれないね」
「魅力的……うん、そうだよな、分かってた、というか、分かる。直、頭のてっぺんからつま先まで色々全部めちゃくちゃ綺麗だし、笑顔は死ぬほど可愛いしな。声も良いし匂いも良いしなんならすっげえエロいというか色気が……いやいやそれは俺しか知らねえから関係ないか……いや、待てよ? もし家の中を盗聴とかされてた場合」
何やらぼくが関知したくない部分まで、アラタはぶつくさ言っている。
彼の様子に、ため息が出た。
「あのさあ、なんだか君、初めて会った時と全っ然、雰囲気違うよね。こんなに残念な人だとは思ってなかったよ。もうちょっと余裕があるというか、大人な感じというか……あのさ、アラタ聞いてる?」
アラタが突如、がたっと席を立った。
「ヤバい、行かなきゃ」
ナオの方を見遣ると、ナオは女性とふたりでどこかへ行こうとしていた。
「もはや猟犬」
「え、なんか言った?」
「いいや、何も。ねえ、ただの道案内だと思うよ。お昼先に食べていよう、時間が無くなる。君、次も授業入っているだろう? 彼女は明らかに脅威ではないし、特段君が行く必要は……」
それでもアラタは手元に残ったアイスコーヒーを一気飲みしてさらに氷を全部口に入れてがりがり音を出しながら噛み砕き、リュックを背負い、空になったカップを片手でべしゃっと潰した。
「もし余裕があったらエディンバラで一緒に暮らすなんてしてないだろうし大人でもねえし、直のそばにいられるんなら俺は犬だろうが下僕だろうがなんだろうが構わない」
「全部聞いてるじゃないか! ん? いや下僕は言ってない」
「また連絡する」
「あ、ああ……」
ぼくの返事は彼の耳に届いたのかどうか。アラタの姿はあっという間に見えなくなった。
――――――――――――――――――――
話しながら廊下を歩いていたら、突然後ろから腕を引っ張られた。
「あんた誰、何か用?」
「わ、新太!」
新太は、僕と一緒に歩いていた女の子に声をかけつつ、僕が少しよろけたのを身体で受け止め、僕の腰に手を回して思い切り引き寄せた。
想定していたより断然、新太の動きが早かった。
僕は新太に構わず、女の子に声を掛ける。
「ごめんね、そっちの方向へ進んでいけば、出口があるから」
「……あ、はい! もう大丈夫です、近道教えていただいてありがとうございました!」
一緒に歩いていたら女の子は、ぺこりと頭を下げると踵を返し、小走りで出口方向へ行ってしまった。
「新太……」
せっかく、新太にバレないようにと思って移動したのに。
しかも、
「まさか、あんた誰、って」
「ん? 直の知り合いだったのか」
「ううん、全然違うよ」
うわあ、これはほんとに分かってない。
「あのさ、新太。すごく言いづらいんだけど」
「どした?」
「あの子、すごく傷ついたと思うんだ」
「? さっきの言いっぷりだと、ただの道案内だったんだろ?」
「うんまあそれもあったんだけど」
「あー、やっぱそうか、告られたんだな?」
新太が、ふー、と大きく息を吐く。
「危ない危ない、そうじゃないかと思って慌てて追いかけてきて正解だったな。でも傷ついたのはしょうがないだろ。直は死んでも譲れないしむしろ永久に俺のものだし俺も直のものだから誰も入る余地がないっていうか」
「えっと、いや違くて」
「は!?」
両肩を掴まれ引っ張られ、新太と真正面で向き合った。
「違くないだろどこがどう違う、は、え!? まさか直は俺のではないと」
「違うってそうじゃなくて……ちょっとこっち来て!」
僕は新太の腕を掴み、近くにあった階段の下に移動した。
近くに人がいないことを確認して、なるべく声を落とし、
「あの子、新太と同じファウンデーションコースの子なの! 僕じゃなくて、新太が好きなんだってば!!
新太と話がしたくて追いかけてきたんだけど、帰り道が分からなくなって慌てたんだって。それで道案内してたの!
ねえ、ほんとに見覚えないの?」
新太は、えー、と言いながら首を傾げる。
「いやー、あんな子いたっけ?」
「新太に、何度か助けてもらったって言ってたよ」
うーん、と首を更に捻る。
「……人違いじゃなくて?」
「もうっ! ほんと自分のことになると鈍感なんだから!」
こんなに鈍感なのに、僕はよくもまあ、この人を振り向かせることができたなと、自分で感心してしまう。
「新太さ、もう少しでいいから、周りのことに関心向けて……」
「で」
「で?」
「直には恋人がいるから無理って、ちゃんと言ったか?」
全っ然話聞いてない。普段ならめちゃくちゃ察しが良くて、全部話さなくても通じちゃうのに。
はー、と、大きなため息が出る。
「もー! あのね、新太には、恋人がいるからダメだよってちゃんと話した! で、」
思い出して、顔が一気に熱くなる。
「僕がこ、恋人だって、ちゃんと言ったから!」
僕は新太から視線を逸らし、手で顔をぱたぱたと仰ぐ。
「僕は言ったんだからね、新太も、あの子のこと全然覚えてないの反省して……」
「可愛い」
「え」
「直」
名を呼ばれ、顎の下に手を添えられて、唇に軽く触れるキス。
見つめ合い、またキス。キス。キス。
「ん、ねえ新太、どうしたの?」
「なあ、直。俺と付き合ってること、周りにバレても平気なのか?」
僕は首を捻り、言葉の意味と自分の行動を振り返る。
「ああ、そっか! そういえば僕、日本にいた時は隠さなきゃ、って想いが強かったけど、うん、グラント家にも、カヴンのみんなにもバレてるし、大学ではロビンにもバレてるけど特に変わったこともなかったから、それで隠さなきゃっていうの、どっかに吹き飛んでた、かも……わっ!?」
腰を思い切り引き寄せられ、新太と僕のものが密着する。
僕の少し開いていた口に、新太の温かくて分厚い舌が差し込まれた。
口の中を、味わうように隅々まで舐め取られる。
新太は、服の上から僕の背中やお尻を撫でまわしながら、思い切り、新太と僕のものを擦り合わせてきた。
「ん、んんんんんっ!!」
片手で腰を押さえられ、もう片方の手で後頭部を支えられて、僕の舌が音を立てて吸われる。
舌を絡めては吸い、また絡めて吸う。
長い。
捏ねるような腰の動きと共に、キスがどんどん激しくなる。
「んー!!!」
僕は新太の背中をばんばんと叩いた。
新太は吸う力と腰を押し付ける力を緩め、名残り惜しそうに、優しく僕の舌に自分の舌を絡め、少し糸を引きながら顔を離した。
最後に、僕のお尻を撫でまわしながら軽いキスをする。
ああ、なんて甘い。涎がもっと出て、もっと吸って欲しくなる。
……じゃなくて!
「もー、ここ学校だよ、勃っちゃったでしょ!?」
手のひらで胸の辺りを叩くと、新太は、ははははは、と笑いながら抱きしめてきた。
しばらく、子どもをあやすように、ゆらゆらと揺さぶられる。
「ごめん、嬉しくてさ」と耳元で囁かれたらもう何も言えなくなってしまって、僕は身体を新太に預けて、昂りが落ち着くまで、揺さぶられるままになった。
だいぶ落ち着いてきたことを新太に伝えると、笑顔で手を差し出された。僕はその手を取り、繋いだまま建物から出た。
歩いてしばらくして。
新太が、はっ、と息を呑み、後ろを振り向いた。
僕は咄嗟に手を離そうとしたけれど、新太は掴んだまま、別の方向を睨みつける。
新太の影から、ましろが現れた。
『アラタ』
「……ああ、なるほどな」
そう言って、新太は僕の手を握りしめた。
――――――――――――――――――――
「あの、それどうしたの、って聞いても?」
ぼくがふたりとの待ち合わせ場所である大学構内のベンチへ行くと、大変珍しいことに、アラタが座っている前にナオが座り、ナオは後ろから手を回され、抱っこされた状態となっていた。
目が合うと、ナオの顔は真っ赤に染まった。
「ちょっとロビン聞いてよ! 新太が大学内でも全然手加減しなくなっちゃって」
「へえ、表ではそういうことしない主義かと思っていたよ。どうしたの?」
「いちゃいちゃしてる奴なんて、ありとあらゆるところにいる。俺達がやっても、なんの問題もないだろ」
「う、うーん」
ありとあらゆるには同意し……たくはなかったけれど、アラタに顎で指示されて周りを見渡すと、確かに、結構いる。
「みんな堂々といちゃいちゃしてるんなら、俺らがやっても特に害はないだろ」
「ふむ。で、突然の方針転換の真意は?」
「え、これ本心からやってるけど?」
どうやらぼくのげんなりした気持ちは、顔に思い切り出ていたらしい。
「安心しろよロビン、牽制の意味も込めてるって。ロビンが言ってたこと、理解した。まあ正直言って、もう色々考えんの面倒くさくなってきただけって話でもある」
あまりにあけすけで、苦笑いしてしまった。
「そっか、伝わったならまあ、安心かな」
「ねえ、なんの話?」
アラタの腕の中でもぞもぞと動きながら姿勢を整える直が、ぼくらを交互に見る。
アラタと目が合った。
「ああ、俺たちの家で、一緒に夕飯どう? って話」
「「えっ!?」」
ぼくとナオ、同時に声が出る。声に乗せられた感情は、全く別物だ。
「夕ご飯に呼んで良いの? えー嬉しいな、何作ろう、ロビン何が好きだっけ、あ、日本食ってどう? 食べたことある? 食べられるかな」
「えーっとその、ちょっと待って……」
ナオから聞かされる話によれば、家にいる時のふたりは非常に激しく愛情を表現し合っていたはず。そんなふたりの家に行くなど、命の危機ではないのか?
確かにふたりの使い魔を観察させてもらう良い機会だ、特に非魔法使いであるはずの人間の使い魔など聞いたことも見たことも無い、しかしいままでこのイベントを避けて来たのはひとえにふたりの邪魔をするとどうなるか分からないというある種の恐怖心が好奇心を遥かに超えていたからであって……
これは、無事に家に辿り着くまでは安心できない。
思わず十字を切ろうとして、アラタからの視線を感じて手を止めた。
「? 思う存分祈って良いんだぞ?」
「もう! なんでこんな時ばかり察しが良いのさ!? ほっといてよ……」
話についてこれないナオをよそに、はははははは、とアラタが大爆笑する。
周りに嫌な気配は無い。まあ良いか、こんな日があっても、とぼくは密かに嘆息する。
明日にはぼく、屍かもしれないけれどね。
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