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A day of faithful servants 忠実なる使い魔のとある一日4

 リビングでは、新太様が床にしゃがみ込み、ドライヤーでバスタオルの上にある何かを乾かしておられました。 「おお、おかえりセバス! ちょーどいま乾いたとこだったんだ、グッドタイミング」  新太様が立ち上がると、そこには、 『ぎにゃー! ……ぁ?』  少し青味がかった、ピンク色の瞳を持つ、ふさふさの真っ白な毛色の猫。前足をきっちりと揃えた姿勢の良い座りを見ると、まるでマスターを見ているような。  惚れ惚れするほどの、雌の美猫でございます。 「紹介するね、セバス。この子はましろ、だよ。ついさっき、買い物帰りに新太と契約した使い魔。ましろって名前は、もちろん新太がつけたんだ。  ましろ、この子が僕の使い魔のセバスチャンだよ、仲良くしてやってね。  でもこの子、新太の言ってた通りほんと、びっくりするくらい真っ白だったね。全然分からなかった」 「汚れてたけど、毛の根元の方は最初から白かったぞ? 瞳も赤色入ってるし、アルビノぽいなって。  なあセバス、俺、前から彼女のこと近所で見かけてたんだけどさ、今日、ましろの方から使い魔になりたい、って声掛けて来てくれて。ましろ、ちょっと直に似てるだろ? いつもひとりでいるしこっちガン見してきてたし。気になってたからすぐ契約したんだ」  ふむ、気になっていた猫に声掛けされて契約した、ほう…… 『は……はあ!? 新太様が、契約? どうやってです!?』  新太様、魔女ではないのに! 使い魔とは、魔女が自分で準備した魔法陣で自身の魔力を使い、自身で詠って真名を与え、双方納得の上で契約するものです。ある程度力がなければ、というか、使い魔がこの人になら一生捧げてもいいと思わせるくらいの何かが無ければ、成し得ないもの。  しかも、使い魔になりたいと、使い魔候補自ら名乗り出るとは! 「普通に歩いてて猫から声掛けられるっていうのにも驚いたんだけど、新太、普通な顔して分かった、って言うなりポケットからナイフと石の粉入った袋、取り出すんだもん、びっくりしたよ!  それ使って円と陣の文字書いてるの、セバスにも見せたかった、手際良過ぎて惚れ惚れしちゃった!」  いやいや、色々おかしいですよ?  そしてマスターもうデレデレです、ツンはとうとうお亡くなりになりましたか。 「もうほんっと、ベテラン魔女!」 『いやもうほんとにどういうことですか!?』 「陣の書き方とかは、直に会うために勉強してたから」 『あの、二年前の儀式のことを仰ってます? いやしかしそれは内容が全く異なるではないですか』 「ほら、最近スーが使い魔捕まえたいからって、魔法陣の書き方の練習してたろ? あれ見て内容は覚えた。ナイフと粉は、ダイアナから貰ってたんだよ、何かの時に使えって渡されて」 「僕絶対、来週グラント家でみんなに言うんだ! 新太、またスーからお褒めのお言葉もらえるよ……いや、恨み言か! まさか新太に先越されるとは思ってないだろうから」  ふふふふふ、と楽しそうに笑われるマスター。  や、もう何が何だか。 『……(わたくし)からも、説明してよろしいかしら? 結局アラタは、私が彼を選んだ理由をお聞きにならずに、契約してしまわれましたから』 「あー、そういえばそうだ」  なんと、双方納得が条件なのに! とんでもないうっかりな気が致しますよ!? 『匂いがしたのですわ、とても強い魔力を含んだ匂いが、おふたりから。そしてアラタは、とても素敵な気配を漂わせていらっしゃいました。信念というか……とても懐かしい、昔はこのブリテンにもいらっしゃった方々の、気配です。こういう方々に命を賭して仕えたいと思った時には、お目にかかれなくなっておりました。  きっともう二度と、アラタのような方には巡り会えないでしょう。ですから、この機会を逃してはならないと思いましたの』  何なのでしょうこの新太様への評価の高さは。そして、説明が説明になっていない気が致します。方々とは、どういった方々なのでしょう? 『それに、あの詠唱。若干偏りがあるようにも見受けられましたが、実直で、大層心に響きましたわ』 「そうそう聞いてよセバスチャン! 新太の詠い、ほんと格好良かったんだから! ほら、新太もう一回」 「は!? も、もう憶えてないから無理」  新太様、顔を赤くして首をぶんぶん振られます。 「えー、仕方ないなあ、じゃあ聞いててよ?  『女神よ、俺の女神  俺は誓う、この猫を大事にする  面倒を見て、助け、守ろう  その代わり、俺と一緒に、俺の大事な人を守ってもらう  俺とこの猫は一蓮托生  命と力の限りを尽くして、お互いを、お互いの信念を護り合うことを誓おう  だから女神、俺の女神  この猫、“ましろ”を、俺の使い魔として認めてくれ』  だよ!」 「……直、凄いな一回しか聞いてねえのに」 「他の人の詠いを真似るのが魔女の魔法の第一歩だもの、覚えるのには慣れてるよ!」  ふん、と胸を張るマスター。 「それに、僕の方を見ながら詠ってくれたの、嬉しかったんだ。僕に、詩を捧げてくれてるみたいでさ。ほんっと格好良いったら!」 「あー、何かもう恥ずかしくていたたまれねえからやめて、な? それからさ、セバス」 『はあ何でございますか』 「使い魔って、サーヴァントじゃなくて、familiar(ファミリアー)、なんだって。俺、某アニメ知識でちょっと勘違いしちゃってたけどさ。  familiarって、家族、って感じするだろ。俺、家族、増えたら良いなと思って。特にお前と仲良くできそうな子が欲しいなって考えてたら丁度、ましろが声掛けてくれたから」  はあ、なるほど。わたくしのことを想ってくださってのことでもあったのですね。 『家族……妹、ですか』 「いや姉でしょ」 「姉だよなどう見ても」 『私の方が、うんと年上に決まっていますわ』 『へ?』 「ほー、うんと年上?」 『アラタ、そこは聞き流してくださいませ。レディに年齢をお尋ねになるのはご法度ですわよ』 『は、ええっ? お待ち下さい、わたくしの年齢をご存知なのはマスターだけですよね?』 「うーん、確かにセバスの年齢は聞いたことないけどさ。背伸びした言動の端々に、隠しきれない幼さがあるよな」 『私は分かりますわよ、同じ猫ですもの』  と言われましても、わたくしには彼女の年齢が察せません。 「セバス、俺と直の年齢より全然下だろ? あと仔猫の時から家の中で飼われてそう」 「新太、大正解。まだ五歳だよ」 「やっぱりな! じゃあこのやたら丁寧な言葉遣いと執事的動きは」 「僕が英語の勉強で、恭一郎さんに観せられてた、イギリスの某お屋敷で巻き起こる愛憎劇ドラマの影響かなあ。後は、セバスの名前の由来にもなった、悪魔が執事なアニメの影響、かな? セバスは引きこもりっ子でテレビっ子なんだ」 「あー、あれかなるほどね!」 『アニメは存じ上げませんのでさて置き、ドラマ、皆様ご覧になりましたの? あれはセットや衣装がとても素敵でしたわね』 「俺も恭一郎さんに観せられた。こっちで視聴率、すげー良かったんだろ? 日本でも人気あったよ」 『まあ、そうでしたの!』 「先が読めない展開っていうか……僕、もう途中から英語の勉強になってなかったなあ、内容気になり過ぎて日本語吹き替えで観ちゃったから」 『そのお気持ち、分かりますわあ。私、どうしてもこの目で見たくなりまして、ハイクレア・カースルに行きましたの』 「えっ、羨ましい、僕も行ってみたい!」 「そうだ、皆で出かけるのも良いな。今度行ってみようか?」 『ちょ、ちょっと!』  なんだか既に溶け込んでませんか? そしてわたくし放置気味! 「ああ、セバス。まあ、だからさ、姉ができたってことで」 「姉だね」 『姉ですわね、畏まりました』 『ひえー!』  え、受け入れて良いんでしょうか、というかわたくしだけがついて行けてない? 「そういえばさ新太」 「ん、なんだ?」 「新太が詠いの時に考えてた、“俺の女神”って、誰? ちょっと妬けちゃった。あんなに素敵な詠いを捧げてもらえる女神様、羨まし過ぎ! しかもあんな目で見てきて! ぼくが女神様だったら、もう格好良過ぎて間違いなく即座にオッケーって言っちゃう……んんっ!」  新太様は唐突にマスターを抱き寄せ、噛みつくが如く、熱烈なキスをお見舞いされました。 「……俺さ、ダイアナが言ってたこと、たぶん分かった」 「んっ、ふ……そうなの? え、それと女神様と何の関係が、あ、あんっ、ちょっと!」 「じゃ、ふたりともそういうことで。あとよろしく」  マスターをお姫様抱っこで抱え上げた新太様は、そのまま寝室に向かわれます。 『なるほどそうですの、このような感じですのね』  新生姉・ましろは、あっという間にソファの上へ移動し、くつろぎ始めました。 『ああそうそう、先に言っておきますわね、セバスチャン。私、家事全般不得意ですの、ごめんあそばせ』  一息後には、すやぁ、と穏やかな寝息が。  あああ、なんということでしょう皆様!  わたくし、行方知れずのいもうと達を差し置き、姉を手に入れたようでございますよ!?  忠実なる使い魔としては、あまりにも衝撃的な一日。そしてこれってもしかして、servant(忠実なる使い魔)の一日、というよりも、 「これがうちの家族の、とある一日だな」  新太様が言い置いて、ばたん、と寝室の扉が閉まりました。 『ぎにゃっ!』  わーん、最後、持っていかれた!

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