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A day of faithful servants 忠実なる使い魔のとある一日2

 ところ変わりましてこちら、グラント家でございます。  現在、カヴン『森の守り手』の皆様は、グラント家敷地内の拓けた場所で、儀式の最中です。  儀式が終わると、皆様ダイニングにお集まりになり、会食が行われます。  わたくしがいまおりますのは、グラント家のキッチン室。お屋敷のキッチン室というのは、広うございます。  お屋敷自体はかなり前に建てられたものだとかで、古い造りとなっております。ただ、流石に内装はところどころリフォームされており、このキッチンも例外ではございません。  煉瓦造りの石窯はそのままに、システムキッチンを導入されております。しかも巨大冷蔵庫、コンロは大きい3つ口、コンロの下には七面鳥が何羽入るのか見当もつかない程大きなオーブン、それから食洗機。まるで料理店の厨房のようでございます。  グラント家では、魔法薬やハーブの加工・実験等をキッチンで行う為、必要に応じて改装したらこうなった、とパトリシア様が仰っておられました。真ん中に大きな長方形のテーブルが置かれているのも、その為なのだそうです。  奥にある勝手口を出れば、畑と温室のある裏庭に抜けられます。ハーブを収穫し、すぐにキッチンで加工できる。誠に機能的で使いやすいキッチンかと存じます。  ただ疑問なのは、ドラム式洗濯機までもが設置されていること。マスターたちの住むフラットにも、キッチンの中に洗濯機が組み込まれております。  何故、キッチンに洗濯機。不思議です。これだけは慣れません。  おや、話が逸れました。  兎にも角にも、そんな広々としたキッチンで、新太様は鼻歌を歌いながら大きめのボウルに入れたご飯を混ぜ、酢飯を作成中でございます。周りには光るウィー・フォーク――「お小さい方々」、俗に妖精と呼ばれる類の者達の総称です――がうろうろしております。見慣れぬ料理に興味津々、見物しているのです。全く大人しいものです。  数人(数匹?)の使い魔達は、それぞれ野菜や食器を洗ったり、擦ったり混ぜたり、テーブルセッティングをしたり。  わたくしは、大鍋の前に立ち、昆布だしを取っておるところでございます。  目の前に広がるこの光景、見慣れたとはいえやはり、少し異常です。  会食の準備は元々、人型となった使い魔、プラス集会の気配に誘われて訪れたそこらのウィー・フォークからの手伝いや、時折軽度、極まれに悪質ないたずらに遭いつつ、行っておりました。  魔女様方は皆、儀式に参加されます。パートナーがいても同じ魔女だったり、パートナーが魔女でなくとも、お仕事で一緒にグラント家へ来ることが困難だったりとそれぞれご事情があり、長い間、どなた様かに会食の準備を頼むことができなかったのでございます。  そもそも己の主人の命令しか聞かぬ、また命令通りにしか動けぬ使い魔。いたずら心が常に抑えきれぬウィー・フォーク。そんな者達が集まれば、統率の取れぬ、不安定なキッチン事情となるが必定。マスター方々のお手を煩わせることもしばしば。結果、会食の開始が夜中十二時を回ることも少なからずございました。  キッチンが、会食の料理を決まった時間に提供できる落ち着いた場所へと変貌を遂げたのは、新太様が来られてからなのです。  新太様がスコットランドに到着されて最初の集会の日。  カヴン『森の守り手』では、魔女でないものが集会に参加するのはもちろん、覗くことも禁じられております。魔女ではない新太様は、直様に付き添ってグラント家までは来られたものの、リビングにひとり、居残りを言い渡されておられました。  わたくし共使い魔総勢五名は、ふわふわ浮かぶ気まぐれなウィー・フォークをよそに、いつも通りキッチンにて料理の準備をしておりました。  すると、暇を持て余しておられたのでしょう、新太様がふらりと現れ、キッチン中央のテーブルに並べられた材料を一瞥して一言申されたのでございます。 「俺が主導で良いよな?」  皆、驚きで固まりました。  しかも、仰ったご本人は袖を捲り上げつつ、玉ねぎを掴んで包丁を握ったものですから、拒否も何もあろうはずもなく。  確かに、キッチンの人手は常時不足気味です。ウィー・フォークのいたずらが高じて大惨事、というのもままあることでございましたし、それにわたくし共はそもそも使い魔。命令されて動く方がやりやすいし、とっさのことにも対応できます。しかしだからといって、です。  使い魔とウィー・フォークしかいない空間に人が入る。魔女でもなく魔法使いでもない、使い魔も持たぬただの人が。  わたくし自身は、新太様の命令を承るのに慣れております。では、他の使い魔は? ふらりとやって来るウィー・フォークはどう思うでしょう? 暴れたりはしまいか?  そんなわたくしの懸念を余所に、新太様は難無く集会終了の時刻までに準備をやってのけ、以来、集会日の会食限定のコック長に任命されたのでございました。 「どうして、他人の使い魔やウィー・フォークと一緒に食事の準備ができるかって?」  この際でございます、リビングで寛ぐマスターをはじめ、グラント家四名様、その他近くにおられたカヴンの皆様の前で、新太様に疑問をぶつけてみました。  ちなみにわたくしはいま、猫に戻っております。 『特に、ウィー・フォークがいたずらも暴れもせず、あれほど新太様の近くに寄れるのは、かなり不可思議ではないかと』 「……野良猫、見かけたことあるよな?」  新太様は、何故かマスターとグラント家ご息女スーザン様に問われます。 「うん、いっつも逃げられちゃうけど」 「あー、あたしもあたしも!」 「スーはただの追っかけ過ぎだろ」 「ちょ、なんで分かるの」 「使い魔候補、しつこく追い回して逃げられてるだろ、こないだ見たぞ」  スーザン様はけたけたと笑っておられます。何でも面白く感じるお年頃ですね。 「僕、なるべく脅かさないように、頑張ってそーっと近づくのだけど」 「その時猫の目、じーっと見てるだろ?」 「うん、見るよ。え、見るよね普通」 「野生動物とかってさ、あんま見過ぎると、逃げることが多い気がすんだよな。たぶん威嚇されてるって、思い込まれてしまうというか、怖がられるというか」 「うん?」 「だから、近づきたかったら目、逸らしとくんだよ。なるべく顔も向けない。で、気配を感じながら動く」 『ああ! 確かに新太様、キッチンでは誰のことも見ておられませんね』 「えー、それほんと?」 「ほんとほんと」  スーザン様にこくこくと頷かれる新太様。 「本当に直接見てないの?」  首を傾げるマスター。 「ああ、見てない。視界の端で動きを何となく捉えて、状況を把握してる」 「何でそんなことできるのよ?」 「んー、できるから?」  新太様も、首を傾げられます。ご自身のことなのに。それに、 『いやいや、視界の端どころの話では。新太様、把握の仕方が半端ではございませんよ?』 「なになに、どゆこと?」  スーザン様、めちゃくちゃ身を乗り出してこられました。 『わたくし先刻、調理中の新太様の真後ろで、出来上がって切り分けた巻き寿司をその、おひとつ、味見ですよ? 味見でその、食べようと思いまして……手に取ろうとした瞬間に、「セバース!」と、怒鳴られましたのですよ、びっくり致しました! 背中に目でもついていらっしゃるのですかね?』  ちなみに本日のラインナップは、全七種類の巻き寿司、お吸い物、から揚げ、野菜サラダ、デザートにゼリー、でございました。 「へー、ほんとにナオのパートナーって、すごいわね!」  パトリシア様が、頭を左右に振りながら嘆息されます。 「はははっ、あほみたいにすごっ!」 「えーと、スーは俺のこと褒めてる、褒めてない、どっちだ?」  日本語で問われて、マスターはあははははは、と笑われました。新太様は肩を竦め、 「まあ、そんなわけでウィー・フォークは基本放置で、いたずらしようとすれば防げば良い。使い魔の方は、皆優秀だから別に何もしなくったって動いてくれる。それで上手く回してるように見えるだけだ」  英語で言いつつ、わたくしに目配せをされました。  えええ、嘘です! わたくしを含む使い魔達に、めちゃくちゃ指示与えまくってるじゃないですか! ウィー・フォークがいたずらを始めようものなら、あのど迫力の低音の声で一喝ですよ!  それを言うなということですか?  ……全く、格好つけ方を間違っておられるというか、変な気を遣われているというか。  ん? 結局何故、キッチン内で皆、新太様のいうことを大人しく聞いてしまうのかということは、判明していないような。 「まあある意味、アラタはどんな魔女よりも、魔女たる素質を持ってるからねえ。発する言葉に、ある程度の強制力は含まれているはずだよ」  それまでにこにこと微笑みながら皆様を眺めておられたダイアナ様が、突拍子もないことを申されて、 『「「え!?」」』  わたくしを含め複数の方々が驚きの声を上げました。おや、新太様まで。 「え、おばあちゃんそれどういう意味」 「魔力うんぬん、ではないよ」 「は、アラタ、何? あんた何か持ってるわけ?」 「えーあー、いや俺もちょっと分かんねー……」 「ほほほほほ、いずれ分かるさ」 「新太って、やっぱり凄いな」 「ん? 惚れ直してくれた?」 「んもうっ、何のことか分かって返事してる?」  グラント家から大学近くのフラットまで、車で約一時間半の道のりです。帰り着く頃には深夜でございます。  先にシャワーを浴びられた新太様は、リビングのソファに座って本を読みつつ、マスターを待っておられました。マスターがシャワー室から戻られるや否や、本を置き、腕を広げて、ご自身の前に座るよう促されます。マスターは何でもない顔をしながら、指定された場所に腰掛けます。  後ろから抱っこされ、背後から思いっきり首筋の匂いを嗅がれて耳がほのかに赤くなっておられるのを、わたくし、見逃してはおりません。 「ダイアナの発言については、見当もつかないから置いとくとしても。新太が来てくれてみんな感謝してるよ。会食の準備問題は随分前からカヴンの懸念事項だったし、何より、ご飯美味しい。みんなも気に入ってる」  むき出しになった新太様の逞しい前腕をさすりさすり、マスターはお話しされます。 「そっか、良かった。皆の役に立てるのも嬉しいけどさ。直が喜んでくれるのが俺、一番嬉しいんだ」  新太様は音を立てて、マスターの首筋にキスをされました。 「髪、まだ濡れてるよ、乾かさなくて平気?」  マスターが、新太様の髪を撫でられます。 「この後すぐには、寝ないだろ?」  おや、新太様、マスターのお尻に腰をぐっと押しつけて。 「……もう、大っきくなってるね」 「いつでも発射準備オッケーですよ、発射台にお連れしましょうか、マスター?」  だいぶ表現がオヤジです。というか、この口調、わたくしのマネをされていらっしゃるのでしょうか? 「ふふ、新太のバカ、あっ……ん」 「直のも、もう勃ってるな」 「っ、うん……明日は休みだし、ゆっくり、しようね」  顔を真っ赤に染めて、マスターは囁くように仰いました。 「うあああああああああ!」 「え、何、どうしたの?」 「直が、直が『しようね』とかあああああああ! 可愛いいいいいい!」  そのままがばりとマスターを押し倒し、おっぱじめようとされる新太様に、 『はいはい良うございましたね新太様! ところでおふた方、おヤりになるなら寝室でお願い致します、ソファでは後始末が』 「そうだったごめんごめん、すぐ移動する」  ストップをかけました。ふー、危ない。  おふたりはソファから慌てて立ち上がられました。新太様は、わたくしの耳の上のところを掻き掻きされていかれます。 「おやすみ、セバス」  マスターは、頭からお尻の辺りまで、するりと撫でていかれました。 「おやすみなさいセバスチャン」  おふたりは寝室へ。はあ、朝まで睦事ですね、誠にお盛んなことで。

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