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Shape of the family 家族の形7

 ぱたり、と直が俺の上に倒れてきた。  ふたり分の荒い息の音が、道場内に響く。  息が落ち着くのを待ちながら直を見ていたのだが、一向に動く気配がない。やり過ぎただろうか。心配になってきた。 「直、直? ごめんな、大丈夫か?」 「……ぅ、あっつい、気持ち、悪い……」  絞り出すように、直が言葉を発する。 「熱中症か!?」  俺は慌てて直の額に手を当てた。ああ、確かにいつもより熱い。ヤった直後にしてもだ。 『おふたりとも、落ち着かれましたか?』  三毛猫がひょいと隣に現れた。 『外で斉藤様が立ち往生されております。次の稽古の準備時間が差し迫っているようです』 「セバス」 『お急ぎください、斉藤様相手ではもう抑えられそうにありません』 「何でだ? 三日間の間に、魔力枯渇でもしたか?」 『いえいえ! 魔力は充分なのですが、いかんせん我らの使えるまじないというのはちゃちいものでして……それと認識されれば無効化されますし、斉藤様は聡いお方ですので』 「ああ、なるほど」  斉藤が、何か仕掛けられていると察してるってことか。流石だ。 『ましろの、人払いのまじないが破られてしまいまして、いまはましろ本人が人型になって足留めしておるところです』 「は、俺も見たことないのに!? つかましろ、魔法陣無くても人型になれるのかよ!?」 『ましろはわたくしと違って元々精霊ですので、自身の魔法で変化可能です』 「スペック高いな!」  普段、魔法陣がある場所で、俺達の前で人型になりたがらないので、知らなかった。  つか、何で人型にならないんだろう、おばあちゃんだからか? 「僕も見たこと、無いよ……それより、早くどうにかしなきゃ」  よれよれの直が、俺の手を引っ張る。そこへ、さささと白い影が現れた。猫型ましろだ。 『あの、ごめんあそばせ、私、日本語を話せないのをうっかり失念しておりましたの。もう彼、来てしまいますわ! お早く!』 「だいぶうっかりだな!? つか斉藤なら、英語で話しかけても通じると思うぞ」 『あらま、そうなんですの? ではもう一度行って』 「や、もう良い」  上半身を起こし、直を一旦床へ降ろす。俺はパンツと道着の下だけ履いて、袴で直の身体を包み、その上に直の履いていたものを載せ、丸ごと抱え上げた。 「このまま家に連れて帰る。出るぞ」 「えぇぇぇぇぇぇぇ」  直は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った。熱くなり過ぎて蒸気でも出そうな勢いだ。こりゃ、そうとう熱上がってんな。 「は、恥ずかしいぃ」 「んなこと言ってる場合か!」  どんどん、と扉が叩かれる。 「おい当麻、いるんだろ? 返事しろ!」  四人で一瞬、固まってしまった。 「返事しねえなら勝手に開けるぞ!?」  次はがたがたっ、と扉が揺すられる。 「おい当麻、いい加減時間がやべえんだよ! つかなんだあの表にいたイリヤちゃん似のめちゃ美少女、お前の知り合いじゃねえのか!?」  俺は訳の分からないことを宣う斉藤を無視し、直を抱えたまま、斉藤がいる方向とは反対側の窓を開けた。ましろとセバスに小声で指示を与える。 「ましろ、ここの掃除を頼む! セバス、お前は直の荷物を回収しろ、完了次第俺の車に集合だ」 『畏まりましたわ』 『承知!』 「ああくそっ、やっと開いた!」  勢い良く扉が開く音が聞こえた。 「こらふたりとも! 昼間っから何してん……だ、あれ? 当麻、周央!?」  戸惑う斉藤の声を背に、俺は裸足で駐車場まで走り、セバスが開けてくれていた後部座席に直を乗せ、自分も運転席に飛び乗る。  足元に揃えてあった靴を履き、エンジンをかける。ましろも合流して全員が揃い、車を発進、斉藤家の敷地を脱出した。  すまん斉藤!  きっと道場には、綺麗になったコップだけが残っているはずだ。  当麻家に辿り着き、駐車場を確認した。良かった、母さんの車が無い。俺が父さんの車を使っているせいで、母さんにはここ数日、父さんの送り迎えという雑用が発生していた。妹の新奈(にいな)は予備校の時間だ。よし、誰もいない。  車を駐車場に停めて、直を二階の自分の部屋まで抱えて上がる。  部屋に入って直に水を飲ませた後、床に魔法陣を描いたラグを敷き、その上に直を横たえた。  四隅にパワーストーンを置き、俺が注いだ精を、直の魔力に変換する詠いを行う。  直がいつもやっている文言、旋律を出来るだけ真似る。 「……セバス、これで合ってた?」 『はい、大変良うございます。素晴らしいお手際でした。マスターにもわたくしにも、きちんと魔力が行き渡っておりますよ』 「良かった」  その後、濡らしたタオルで直の身体を拭き、ベッドに寝かせ、俺は軽くシャワーを浴びる。  再び部屋に戻ると、直はぐっすり眠っていた。ベッドの横に座り、直の額に触れる。うん、だいぶ熱が引いてきた。 「あ、あらた……」 「ん、どした?」 「ごめんね、疑うようなこと、言って」  ぼんやりと開かれた直の目から、涙がこぼれ落ちた。  俺は指で涙を拭い取りながら、小さく首を振る。 「誰の思いでも願いでも強制でもなく、俺自身が、直が愛しくて愛しくてしょうがないから、ずっと側にいたし、これからも、いたいんだよ」 「うん、とっても、伝わったよ。ありがとね、大好き」  直の瞼が閉じられる。俺は直を起こさないように、額に小さくキスをした。 「うん……愛してる」  寝顔を眺めながら、直が俺に跨ってきた時のことを思い返した。  暴力的な程の、色気。汗と涙と涎でぐしゃぐしゃに歪む顔が、悦びに震える全身が、きらきらと輝き、これ以上無いほど妖艶で。  そんな直が、俺を容赦ない収縮と痙攣で繰り返し攻めてきて、俺は達した。  ああ、直。  心の底から愛しい、直。  やっぱ離れるとか無理だ、全くもって有り得ねぇ。  俺の未来は、お前だ。  俺は直の右手を取り、自分の口元まで持ってきて両手で包み込み、祈った。  俺を、俺の献身を、真心を、この恋焦がれる想いを。  どうかずっと、信じてくれ。  俺の全てを捧げるから。  俺の女神。  俺だけの、女神。

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