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Shape of the family 家族の形8
結局その日、直は眠ったままだった。様子を見たいという当麻家の面々を説得し、目覚めるまで待ってもらうことになった。
直は、翌朝には目覚めたが、空きっ腹で臨むと直の心と身体が保てないと判断した俺は、部屋で朝食を摂らせ、服装と気持ちを整えさせる。家族をリビングのソファに並んで座らせて、いざ、ご対面だ。
一階の、リビングに繋がるドアの前の廊下で、直が立ち止まってしまった。
俺は構わずドアを開け放ち、三人ひとりひとりと目を合わせた後、口上を述べる。
「俺、二十歳になったら絶対結婚したい人がいて、その人を追いかけるためにスコットランドの大学に行かせてくれって、頼んだよな?」
三人の視線がぶっ刺さる。くそっ、頑張れ俺! そんで、頑張ってくれ、直!
俺は直のがっちがちに固まった両肩を持ち、えいやとドアの前に立たせ、更に前に押し出す。直はととっ、と数歩、リビングに入った。
「見た目はこんっなに可愛くて綺麗で美人でそりゃもう大変可愛いんだけど!」
ごくりと唾を飲み込む。
「男なんだ」
しん、とリビングが静まり返る。
反応が無い。訝しく思い部屋の中を覗き込むと、俯く直を見つめる父さん、その父さんを両側から見つめる母さんと妹。
ん? これはどういう……
「あー、まあ、とにかく入って、掛けなさい。ほら、早く」
向かい側にあるソファを勧められ、俺と直は、おずおずと移動し座った。
「す、周央、直、と申します……初め、まして」
声ちっさい。相変わらず俯き加減そして既に涙目だ。
直以外の視線は、全部父さんに集まる。父さんはかなりの沈黙の後、はああぁ、と溜め息をついて、
「……考えてはいたんだ、若過ぎるとか早すぎるとか、険しい道のりだぞとか」
はっ、と息を呑み、直が顔を上げた。その濡れた双眸を、父さんは真正面から受け止める。
「うっ、いや、ほ、ほら、い、言ってやりたかったんだがもう……もう、な……」
父さんも声がちっさくなっていく。あれ、どうした。
「本人見たらガチで綺麗で可愛い過ぎて何も言えなくなった、とうちの父が申しております心の中で」
「新奈! 父さんが先に話すから待ってくれとあれほど」
良く見ると、父さんの顔が赤い。照れてるのか? 直を見て照れてるのかこのおっさん!
って、あれ?
「あっ! 本人て、新奈まさかお前!」
「隠しとく意味、あんま無いかと思って。先に知らせといた方が話早いじゃん。お察しの通り、前に送ってもらった写メ、もうふたりに見せといたんだ」
新奈がぺろりと舌を出した。
スコットランドへ行ってしばらく、新奈から大量のメール攻撃を受けていた時期があった。曰く、騙されてるんじゃないのかやっぱり病院に行った方が良かったんじゃないのか幽霊に憑りつかれてるのか呪われてるのか、等々。
仕方が無いので、恭一郎さん用に撮っていた直の写真を、絶対に秘密だと言って新奈にメールで送っていたのだった。
「新奈は悪くないわよ、新太! 元々、直君のお父様が直君のこと、事前に教えて下さってたんだから」
「あー……やっぱそうだったか」
「私はお兄ちゃんからの写真をふたりに見せるまで、秘密にされてたけどね!」
ちょっとお怒りモードの新奈は、その勢いのまま言葉を続けた。
「だいたいさー、こんなに可愛くて美人な人、受け入れられないとかそんなバカな話ある? もしそんなことあったら私マジでキレるし、てか、早く話つけないとお兄ちゃん、つまんな過ぎて飽きられて捨てられちゃうんじゃないかって、そっちのが気になって気になって」
「おい何気に酷くないか?」
「新太、あなたほんと良くやったわ、こんなに綺麗で可愛い息子連れて来てくれるなんて! ねえ直君、一緒にお買い物とか、行ってくれる? 腕組んで歩くの、抵抗あるかしら?」
「母さん……」
顔を赤らめ身体を左右に振る。乙女か。
そうだった、母さん若くて綺麗な子大好きだった。アイドルとか俳優限定かと思ってたけど、そうか一般人でもいけたのか。
つまり纏めるとあれだ、当麻家は俺を筆頭に皆、直のこの見た目にやられるわけだな。良かった、当麻家こんな感じで、ほんと良かった。
俺は、密かに肩を撫で下ろした。
「ねえねえ直さん」
新奈がソファから立ち上がり、目を赤くしたまま俺達のやり取りをじっと聞いていた直の隣に座った。
「もしかしたら、お兄ちゃんから聞いてないかも知れないけど。この人、無駄に格好つけようとするから」
無駄は余計だ。
「高校の時ね、突然スコットランドの大学行くとか突拍子もないこと言い出したと思ったら、マジで狂ったように勉強し始めたの。
最初は、その結婚したい相手ってゆうのが本当に実在する人間なのかどうかも疑わしかったし、めちゃくちゃ思い詰めてる感じだったからさ、私達、お兄ちゃんのこと、ガチで心療内科に連れて行こうとしたんだよ」
「えっ!?」
直が真っ青になり、絶句する。うん、こういう反応するだろうなと思ったから言ってなかった。恥ずかしいしな。
「直君のお父様が、こちらにご挨拶に来られて、直君のことを教えて下さったり、進学のために色々助力して下さったから、私達もようやくああ、本当なのかしらと思い始めたのよね」
だから俺は、恭一郎さんにかなり感謝しなくてはならないのだ。契約の条件のことがあるにしろ、本当にお世話になっている。
「直さん、私達ね、恭一郎おじさんからふんわりとした事情は聞いてるんだ。
ね、私達と家族になろうよ! んでさ、たくさん一緒に過ごそう! こっちに泊まりきたり、私達が向こうに遊びに行ったり。たくさん楽しいことしよう!」
新奈が、直を励ますように、いや、励ますために言葉を重ねる。ああ、恭一郎さん、こりゃ感謝だけじゃ足りないな、新奈が俺の為に頑張っているのなんて、生まれて初めて見る。
俺の視線に何らかの意図を感じたのだろう、新奈が突然きっ、と目を吊り上げ、俺に向かって高らかに宣言した。
「勘違いしないでよ、全然、絶っっっ対、お兄ちゃんのためなんかじゃないんだからねっ!」
あー、はいはいやっぱりね。つかお前はどこぞの妹キャラか。
「こんな素敵な人がパートナーなんて、夢みたいじゃん! お兄ちゃん、直さんみたいな人、もう二度と捕まえられないんだから――」
「……あ」
ようやく口を開いた直に、注目が集まる。
「ありがとう、ございま……ふっ、うううっ、ううっ」
「えっ!?」
直が突然、声を上げて泣き始めた。
慌てて新奈が隣に座る直を抱き締める。母さんもソファから立ち上がり、新奈の上から更に抱き締めた。
それを見て父さんは手を伸ばして参加しようとするが、どうにも隙が見当たらず、
「父さんも……」
と小さく呟く。
しばらく父さんと様子を見守っていると、新奈と母さんが、廊下の外へ直を連れ出した。洗面台で顔を洗おうとか、そういうことだろうと判断し、見送る。
「なあ、父さん」
一転、静かになったリビングで、ソファに座り直した父さんに声をかけた。
「俺さ。直と一緒に暮らすためだけを思って、必死に勉強して、恭一郎さんにも出張ってもらって皆のこと説得して、スコットランドに行っただろう?」
「ああ、うん、そうだな」
「あの時もいまも、迷惑ばっかかけてごめん。父さん、母さん、新奈に心配ばっかかけて。すげえ我儘だったと思う」
手を組んで、昨夜握った直の手の感触を思い出す。
「いまも、だよな。やっとファウンデーション終わって、ようやく大学一年生、ってとこだし。自分一人で立ってられる様な立場じゃないし、責任も、そんな取れないと思う。
けど俺は……直と、ずっとこの先も、一緒にいたいんだ。直のいない将来なんて、考えられない。もう、離れたくないんだ。正直、直がいなくちゃ生きていける自信も無い」
直は、俺と繋がれたのを『奇跡』だと言ってくれた。俺は、その『奇跡』を、できる限り長く、欲を言えば、終わりなんてないくらい続けたい。
「世間的に見たら、間違ってるかもしれない。普通じゃないし、正しくないのかもしれない。孫の顔も見せられない。
いまの当麻家みたいに、普通の家庭を作ることはできないと思う。そのことで、父さんや母さん、新奈に、これからもっと迷惑をかけるんじゃないかと思うと、本当に申し訳無い。けど、でももう……」
「新太、ふたつ、いいか?」
段々と、背を丸めてしまう俺に、父さんが語りかけてきた。
「父さんはね、心から愛する人を見つけて、子どもを持って。その子どもを含めた皆で、互いに思いやりながら成長し、一緒になって問題や悩みを解決していく、そんな家族を作りたかった。
世間的に、正しくて普通の家庭を目指そうなどど、考えたことは無いんだよ。
その上で、一つ目だ。
父さんはあまり、普通とか、正しいという言葉を好まない。
どういう意味での、普通なのか? 正しさの、基準は、根拠は? それは“いまの世間でいうところの”と前置きがつくものじゃないのか、と考えてしまうんだよ。
歴史を学べば自ずと知れてくる。人が簡単に口にする、普通や正しさなんて、時代や環境、社会通念によって簡単に基準が変わる。
世間や、人の中に無意識に作られた価値観は、何かあれば、あっという間に変化する。百年単位で変わることもあれば、たった数年、数日で変わることもある」
父さんは、首を傾け、少し微笑んだ。
「新太はもう、父さんの言ってること、きっと理解できるよな?」
「……ああ」
価値観は揺らぎ、自分から見た世界は容易に変化する。正しいと思い込んでいた基準は、ある日突然、ひっくり返る。
俺の恋愛対象は女性と思っていたのが、同性の直を愛することで、変わった。
「もちろん、世間でいうところの普通、正しさが悪い、とは言わない。社会の中に、ある一定のルールが無ければ、犯罪が蔓延ることもある。
父さんが言いたいのは、もっと個人的なレベルでの、意識の問題だ。
周りが言うところの普通や正しさを頭から信じ込んで、価値観の揺らぎに直面した時に動揺し拒絶するよりも、価値観には揺らぎがあることを理解し、どう動くことが最善になるのかを考え続けたいと思っている。
そして考え続ける姿勢であれと、お前にも新奈にも、教えてきたつもりだ。相手や物事を即座に否定せず、受け止め、どうすれば良い方向になるのか、一緒に考え続けてきたつもりだ」
確かに、うちでは何かあるとすぐに、家族全員で話し合いをする習慣がある。うざったく思うこともあったが、そういう意図があったのか。
「二つ目、子どものことだが。考えてみろ、直君は養子だろう?」
「……そっか」
俺は、自分に驚いた。そうだ、どうしてそのことに思い至らなかったんだろう。
「辿り着きたいと思う家族の形を成す方法なんて、いくらでもあるさ。これだけが唯一の道、というものは無いんだよ。技術が進めば、もっと選択肢は増えるだろうしね。
……まあ、長々と話してしまったけれど、纏めるとだな」
父さんは身を乗り出し、真っ直ぐに俺を見つめる。
「心から愛し合える相手に巡り合えること、そして共に生きていけることが尊いと思う。
そう考えるから、父さんはお前の決断を尊重する。自分の心に正直に、幸せになれる道を選び取ったんだからな。
うちの子ども達はふたりとも優秀だ、自分で、自分自身の幸せを掴み取れるくらい、逞しく育ってくれた。とても嬉しいし、お前達を誇りに思っている。
だから新太、下を向くな、胸を張れ」
俺は背筋を伸ばした。目頭が熱くなる。ああ、俺、最近、涙腺緩んできてないか?
父さんはソファから立ち上がり、俺の前に来た。
「お前が最善と思う家族の形になるよう、道を選び取っていけ、新太。男でも女でも、血が繋がっていてもいなくても。心から愛し合える相手の手を取って、一緒に考えて、守り合って、幸せになれ」
「……っ、ありがとう、父さん」
頭が、乱暴に撫でられる。
「安心しろ、母さんも、父さんと同じ気持ちだ。なんたって母さんは、父さんの選んだ心から愛し合える、共に生きていける相手だからな。新奈も張り切っていたし……まあ、あのふたりの反応は、見ての通りだ」
俺は、瞬きをしたら絶対、目から水分が零れ落ちると分かっていたので、目を開いたまま上を向いて堪えた。
生まれて初めて、自分の家族が家族で良かったと、心の底から思った。
「あのー、新太」
「ん、何?」
「父さんも、直君と握手とか、して良いのかな?」
ぶはっ、と思わず噴き出した。
「……いんじゃね、直が良いって言えば」
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新太のお母さんと妹さんに挟まれて洗面所から戻り、ソファに座り直すと、当麻家のみなさんは、弾丸のように言葉を交わし始めた。
「結婚式はどちらの国で挙げるかとか、場所をどこにするかとか誰を呼ぶかとか、さっさと建設的な話をした方が良いわよね? 年に何度も日本に戻って来られるわけじゃないでしょう、ふたりとも」
「お兄ちゃんが直さんに振られる前にどうにかして既成事実? 作らないと。わたし、直さん逃す気さらさらないからね! あ、直さん、うちのことは心配しないで、私がお婿とるから」
「あらぁ、うちは父さんも母さんも長男長女じゃ無いから、家を続けるっていうのには拘ってないわよ?」
「えええええ!? ちょ、私の覚悟はー!?」
「まずは相手を探してからだろう? その上で、新奈の好きなようにしなさい。父さんは母さんと同じ墓に入れればそれで満足」
「あらやだわぁ、お父さんたらここで愛を見せつけるとか」
「なあ、その前に、恭一郎さんに挨拶を」
「今朝電話、頂いたわ。明日みんなで周央さん家に行くことになりました」
「え、話早くね!?」
「いままでお待たせしてたこと考えたら、遅いくらいでしょう!?」
お母さんは立ち上がり、新太の腕をぱしんと叩いた。お父さんの愛云々を流したせいだろうか。
リアクションしようにも、僕はタイミングが掴めない。
「ねえ新太、向こうに帰ったら婚姻届、出した方が良いのかどうか、ちゃんと調べときなさいよ?」
「え、養子縁組のが先じゃないの?」
「そうそう、日本での養子縁組についても、明日話し合うわよ?」
「え、それ絶対でしょ! 早急に求む、既成事実!」
「新太を周央家に迎えて頂くにしろ、直君が当麻家に入るにしろ、直君がお母さんの息子になることに変わりは無いのだけれど……うふふ、本音を言っちゃうと、出来れば戸籍上もうちの子に」
「当麻直さんに!?」
「こらこら落ち着きなさい。その辺りは周央さんのご意向もあるんだから」
「ねえねえ結婚式は?」
「俺は、恭一郎さんに借りてるお金の返済が終わって、お金貯めてからかなって考えてる。俺が働いて数年後、ってとこかな」
「そうねえ、お借りしてるものがあるままだと、すっきりしないものね」
「えええええ、早くイギリスで結婚式して欲しいいいい」
妹さんが、足をばたばたさせる。今年高校二年生だっけ。可愛いなあ。
そっか、もしかして妹さん、僕にとっても妹になるのかな、僕に、妹? 凄い。あっ、まずいにやけそうだ。僕はそっと口元を手で覆う。
「それ、遊びに来たいだけだろ普通に来いよ」
「え、行っていいの? ねえ、直さんわたし、遊びに行っていいの!?」
ぐいぐい来る! 隣に座っていた妹さんが、僕の手を握ってにっこりと笑いかけてきた。
すかさず、反対側の手を新太が握り締める。僕を挟み、ふたりのにらみ合いが始まった。
「新奈お前、直に触りすぎ!」
「えー、拒否られてないし?」
「だいたい何で俺に聞かねんだよ」
「だって、周央さん家契約のフラットじゃん」
「ぐっ!」
「ふっ、あははは、ははははは」
「え、ちょっ、直!?」
僕は堪らず、吹き出してしまった。
本当に凄いな、と思う。
新太のことが好き、という気持ちを抱えて、ずっとひとりで生きていくのだと思っていた高校時代。
その頃には全く予想もしていなかった未来が、目の前に広がっている。
家族が、仲間がどんどん増えていく。
新太、セバス、ましろ。グラント家、カヴン『森の守り手』のみんな、当麻家の人達。
自ら縁を切ってしまったと思っていた恭一郎さんとも、また繋がれた。カヴン『森と結界の守護者』のみんなとも。
それもこれも全部、新太のお陰だ。新太が、思ってもみなかった風景を見せてくれる。新太が僕に、幸せをくれるんだ。
感謝してもし足りない。
ほんとはね、新太。僕だって、新太のいない未来なんて、想像もできないんだ。不安を口に出して、新太の強さに、甘えてしまっただけ。
ずっと傍にいたいし、いて欲しい。
いつも僕を守ってくれる新太を、僕も守りたい。与えてもらった全てを、大切にしたい。新太自身も、新太に関することも全部、僕にとっては宝物だから。
魔女宗 では輪廻転生を謳うけれど、僕は、いまの、当麻新太を愛している。転生して他の誰かになったら、それはその人の人生。その人の愛だ。
だから、この命の尽きるまで、いつか必ずやってくる、別れのその瞬間まで。
ずっと一緒にいるよ。ずっと最期まで愛してる、新太。
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