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Walpurgisnacht ワルプルギスの夜2
カヴン『森の守り手』の今週の集会は、昨夜行われた。カヴンの今日の予定は何も無いので、フラットに帰っても良かったのだけれど、夕飯に誘われ、僕と新太は夜になってもまだ、グラント家にお邪魔したままだった。話がある、とも言われていたので。
夕食が終わり、リビングに移動してソファでめいめい寛ぎ始めて、しばらく経ってからだった。
「ナオ、『森の守り手』のプリースティスとして、また貴方の友人として言うわ。今度の四月三十日のベルテインには、参加しなさい」
パトリシアの、誘いではなく、最早命令とも取れる口調。僕はぎくりとして、彼女が手渡そうとしてくれていたカップのソーサーに手を当ててしまった。
「あっ、ごめん!」
「ん、大丈夫よ。溢れちゃいないし、貴方が飲む分だもの」
パティがにっこり微笑む。ま、そりゃそうだ。僕は粛々とソーサーごと受け取る。
「直、ベルテインて何だ? しかも四月三十日っつったら、直の誕生日だろ?」
ああ、やっぱり聞いてくるよね、新太。何かを察知したのか、問いかけは日本語だ。
「うん……ベルテインっていうのは、別名ワルプルギスとも言って、サバトのうちのひとつ。サバトっていうのは」
「あの、魔女が集まるやつ、大きな集会、だっけか? なあ、集まって何するんだ、ほんとに酒池肉林するのか? まさか悪魔召喚すんの? 危険?」
ふっ、と少し笑ってしまった。
「どこ情報だよそれ? 違う違う、まあ、確かにお酒は振舞われるけど、危険なことは何も無いよ。
簡単に言うと、季節の節目節目に女神と男神を讃えて、日頃の感謝を込めてお祝いするんだ。もしくは、予祝。これから頂く恩恵に対して、先にお礼をする。ほら、日本でも、神社の秋祭りとか春祭りとかあったでしょ?」
「うーん」
新太は首を捻る。反応が薄い。
「とにかく、そういうのに近いお祭り。肉林やらないし、悪魔召喚とか以ての外だよ。例外的なカヴンはあるかもだけど、そもそも現代の魔女宗 は、基本的に悪魔と関わったりしない」
悪魔崇拝が危険な行為であることは周知の事実だ。それを知っていてなお行うとすれば、悪魔崇拝を目的にして発生し、普段から行っている宗派だろうけれど、本当に極少数派、例外的なもののはずだ。少なくとも僕は、悪魔崇拝について授業では概論で習っても、実際に行っている人達なんて見たことも聞いたことも無かった。
「なるほど。で、何で直の誕生日に被ってるのに、誘われてるんだ? パティは、四月三十日が直の誕生日っての、知ってるよな?」
「それは……」
ちらりとパティを見た。
パティは肩を竦め、口を開いた。
「今年の夏には就職でしょ、ナオ。貴方この間、魔法薬剤師の資格試験に合格して、大学病院の魔法薬局に採用が決まったわよね? 卒業試験はまだちょっとさきだけれど、もちろん、薬剤師の道に進むでしょう。
だったらいまの内に、ウィッチクラフトの中での人脈を広げておくべきだわ。というか、貴方が魔女になってからの年数を考えれば、遅いくらいなの。
私達のコミュニティは、貴方達が思っている以上に小さいものよ。先に魔女同士の繋がりを持っておけば、困ったことがあった時、相互に助け合える。
ベルテインが何か、って話をしていたんでしょう、貴方達。
アラタ、つまりサバトとは、お祭りであると同時に、そういう一種の交流会でもあるの」
だよな、やっぱり僕の為だ。
しょうがない、見ないふりして先延ばししてた、僕がこの状況を作り上げたんだ。僕も新太を説得する側に回るべきだろう。
「新太、ごめん。僕、ベルテインに参加しようと思う。
ほら、僕の誕生日って、単に僕が拾われた日ってだけで、戸籍上のものだし、そんなに意味は無いんだから、ね?」
僕は、カップとソーサーをテーブルに置き、新太の手を取る。
「でも、直の、年に一回しかない誕生日だ」
英語で答える新太の顔が、険しくなってきた。
「ねえねえアラタ、じゃあさあ、ナオの誕生日のお祝いは、お昼にすれば良いじゃん! うちでやろうよ、ね?」
スーザンがフォローに入ってきた。
「今回は、『闇夜の流星』っていうカヴン主催のサバトで、会場ちょーっと遠いからさ、おやつの時間辺りには出発しちゃうと思うけど、翌日のお昼前にはちゃんと戻ってくるから。この家に泊まって、待っときなよ。
だいたいさー、いままでナオがサバトに参加しなかったのって、アラタがナオと離れたくなくて拒否ってただけでしょ? もーそろそろ、平気になったでしょ?」
ね!? とスーはばしばし、新太の肩を叩く。
スーの認識は、ちょっと間違っている。
確かに新太は、僕と離れる状況をあまり好まない。自分が魔女でないことが離れる原因になる場合は特にだ。
このグラント家で行う集会ですら、最初抵抗を見せた。集会の日に、グラント家で待機出来ることが決まってようやく、新太に参加を納得してもらえたという経緯がある。
完全に分離された、一般人は全く入れない空間。僕に何かあっても、駆けつけることができない。
そういう状況が怖いから嫌だ、と新太は言う。
サバトは、場合によってはかなり離れた土地で行う。新太が嫌がるのは目に見えていた。だから、新太にサバトの具体的な話をしたのはいまが初めてだし、僕がいままで自主的に、話さなかったのだ。
僕だって、新太と離れるのは嫌だし、新太が嫌がることをしたくない。だから何となく、誘いを流して行かないままにしていたのだった。
さて、どうやったら新太を説得できるだろう。
「いい、アラタ。ナオは魔法使いの中では憧れの、人気職に就くの。
魔法薬剤師は魔女だけじゃなく、魔術師や呪術師、その他様々な魔法使いが集まるわ。倍率が高いから必然的に、優秀な人材が集まる。でも、ごく一般的な職業と一緒で、別に人格で雇われるわけでは無いからね、中には意地の悪い連中もいるの。真面目にやっているだけで、やっかまれることもある。そんな状況の中で、同じ魔女、近しいカヴンの人がいれば、心強いでしょう?
それに、社会に出れば分かるわ。私達魔法使いが、どんなに危うい均衡の上に、いまの地位を築いてきているのか。
一応非魔法使いから私達が魔法使いであることは秘匿されるよう、様々な対策は打ってあるし、それがあるからこそ、こんな風に、普通に暮らしていけているの。決定的な何かが起れば、昔みたいな立場に逆戻りしかねない。だから、相互に助け合わなければならないのよ。
恨んでいる、とか、復讐したいから、という理由では一切無いから、誤解しないで欲しいのだけれど」
いつもにこにこしているパティの、悲しげな顔。珍しい。
「私達魔法を使う者は、迫害の時代を忘れるわけにはいかないのよ」
「アラタ」
ダニエルが、口を開いた。
「よりにもよってナオの誕生日に、って思っているだろう? すまない、アラタ。
だけどこれは、ナオにとってとても必要な交流なんだ。ナオのこれからのためにね。アラタなら、分かってくれるだろう?」
新太は、ダニーに弱い。目の辺りが、新太のお父さんに似ているからだそうだ。僕が新太に似ていると思っていた時期もあったのだから、そうなのだろう。
しかも普段無口なせいで、いざダニーから何かを話されると、ものすごく重要な感じがする。どうやらグラント家は本気で、新太の説得にかかっているようだ。
こうしてグラント家は新太から「行ってこいよ」という言葉を引きずり出すことに成功したのだった。
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