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Walpurgisnacht ワルプルギスの夜4

 一時楽しい中断があり、本能のまま突っ込みたくなった俺はなけなしの理性を総動員してなんとか無事、直の誕生日ケーキと昼食を作り終えた。  更に、夜のベルテインに日本食を持っていきたい、という要望があったので、持参してもらう分も準備する。  幸い、カヴン『森の守り手』にはいなかったので、いままであまり気にすることは無かったが、ベジタリアンやヴィーガンの方が結構いらっしゃるらしい。  そういう事情を踏まえると、どうしてもベルテインではオートミールケーキが出されることが多くなる、ということなので、こちらは趣向を変える。  スープは、昆布だしのみを使用したわかめスープ。それから、おにぎり。具材はのりの佃煮、高菜、種を抜いた梅干しの三種類を用意した。  肉系が大丈夫な人には、見ればそれと分かるように、肉を巻いた俵型のおにぎりを用意。  それから、豆腐そぼろと大根のあんかけ。デザートに、ミカン缶詰の寒天ゼリー。  会場で注意喚起してもらうため、葉書大のカードに使っている材料を出来る限り書き出しておいた。  スーからは鉄板焼系――お好み焼き、焼きそば、出来ればたこ焼きも――を所望されたが、俺自身が行けないことを理由に断った。やるとしたら、温かいうちに食べてもらいたい系だからな。 「ナオ、二十一歳、お誕生日おめでとー!」 「おめでとう!」  スーザンが音頭を取り、直がお願い事をしてから、ケーキのロウソクを吹き消す。この一連の流れは、万国共通らしい。 「ねえ、お願い事は? お願い事は何にしたの、ナオ?」 「スー……」 「ねえねえなになに教えて教えて?」  ぐいぐい迫り来るスーに、直が後ずさる。 「おいおいスー、そんなに直に迫るな。だいたい、直のお願い事なんて決まってんだろ?」 「はぁ? 何よ」 「これからもずっと俺と一緒にいて、いちゃこらいちゃこら、仲良くヤっていけますように、だろうが」 「うわー酷い、うら若き乙女になんて下品な! セクハラ、セクハラー!」 「ちょ、お前だってダイアナとパティと一緒になって、がんっがん俺らの性生活とか聞いてくるだろ突然乙女ぶるなよ!」 「……あれ、ナオ?」  スーが下を見る。俺もつられて視線を落とすと、直が真っ赤になって、その場にしゃがみ込んでいた。 「えっ、ウソでしょまさか当たってたの!?」 「まあ! やっぱりアラタって、凄いわね」  呆れ顔のスーをよそに、グラント家大人三人はゲラゲラ笑った。  直が復活するのに、五分程の時間を要した。  食後のティータイムを終えて。  後片付けはグラント家がやるというのでお言葉に甘えて、俺はキッチンの勝手口からすぐの、ハーブ園の中にあるベンチに腰掛けていた。天気が良く、日の光を浴びるとぽかぽかと温まる。  ここは、いろんな花と草木の匂いがするから好きだ。  時折風に乗って、直に似た甘い香りもする。つか、俺がここに来るのはぶっちゃけ、その香りが目当てだ。深呼吸して、肺いっぱいに香りを溜め込む。  小さく眩い光があっちの花、こっちの花と移動する。最初はミツバチかと思っていたが、それだけじゃない、お小さい方々(ウィー・フォーク) も混じっているのだと気づいたのは、いつ頃だったろう。 「新太、隣良い?」  また温室に行っていた直が、戻ってきた。俺は自分の右太腿をたしたし、と叩く。直はいそいそ、その上に腰掛けた。ああ、可愛い。 「誕生日、改めておめでとう、直」 「ふふ、ありがと」 「俺さ……」 「ん、どしたの?」  上から、柔らかな微笑みが降ってくる。あまりの美しさに、胸が締めつけられる。しばらく言葉を見失って、その姿を眺め続けた。 「新太?」 「……俺、俺さ。  直が生まれてきてくれたこと、ほんとに感謝してるんだ。だから、直にとってはそこまでじゃなくても、俺にとってはめちゃくちゃ、重要な日なんだ。  おめでとう。んで、ありがとう。これからも毎年、直の誕生日の時間を、少しでもいいから俺に分けてくれ」  本当は、もっと言いたいこともあった。でも、こんな日に暗いことは口にしたくない。しつこいと思われたくない。だから、言葉を慎重に選びながら、直に気持ちを伝える。  直は、はっ、と息を飲み、俺を見つめた。その美しい瞳に、じわじわと水分が溜まっていく。  直が、両腕で俺の頭をすっぽりと覆う。そのまま胸元に引き寄せられた。 「ありがとう、ありがとう新太。すごく嬉しい」  涙声。また泣いてるな。俺は直の腰に両腕を回し、胸に顔を埋め、何度も深呼吸を繰り返した。 「……もうすぐ出発?」 「うん、そうだね。車で二時間半くらいの距離、かな。向こうに着いたら、会場の設営も手伝うみたい。僕、人見知りだからなあ、大丈夫かな」  ずっ、と鼻をすすりながら、直が答えた。 「大丈夫だろ。それにこれから直はどんどん、知らない人と交流して、人馴れしていかないとな。薬剤師になるんだから」  俺は、身体をもっと密着させたくて、直の腰に回した腕に力を込めた。顔も、胸にぐりぐりと押しつける。 「……寂しい?」 「ああ、寂しい。あと不安、かな」 「不安?」 「こんなっ、可愛くて美人で良い匂いがしてすべすべの肌で色白で色気もあって可愛くて美人で良い匂いがして」 「ループしてる、ループしてるよ!」 「ほんとは、俺の腕の中にずっと閉じ込めときたいんだ。誰の目にも触れさせないようにしてさ」 「んもう、新太……」  それじゃ、ダメだからな。 「……我慢する」 「ん、良い子」  直が、ちゅ、とおでこにキスをひとつ、してくれた。 「僕は何処にいても、誰といても新太のものだから」  俺の左手を取り、指輪にキス。にっこり微笑む。イケメン直、降臨か。 「直、直」  俺は顔を上げ、キスをねだった。直は俺の顔を両手で包み込み、ゆったりとした、柔らかいキスをする。 「直、ごめん足りない」  もっと激しく、もっと深く欲しい。  首を精一杯伸ばし、舌で直の口の中を這いずり回る。手を直の重ね着した服の下に突っ込み、背中を撫で上げた。  くそ、服が邪魔だ。 「んっ、んんっ」  直の背中がぐんとしなる。もっと近くに、もっと重なって。 「ちょっとちょっとおふたりさーん、いま盛り上がってどーすんの!」 「そろそろ出発よ、ナオ」  勝手口から、スーとパティが声をかけてきた。  タイムリミットだ。

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