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Walpurgisnacht ワルプルギスの夜6

 ベルテインの会場は、小さな村の真ん中にある広場だ。  車に揺られて二時間半。到着すると、早速仕事が入った。  一緒に魔法陣を設置してくれる人達へ指導を行いながら、村の周りに魔女以外の人払いの結界を張る。  やり方と詠いは、カヴン『森と結界の守護者』の方法を踏襲する。  更に、一般の人達が興味を持って近づかぬよう、音も遮断して欲しいと頼まれた。ここは人里離れた田舎の小さな村のようだし、村民は魔女関連の人ばかりだということなので、音の遮断は不必要な気もしたのだけれど、依頼は依頼だ。  それが済んだら、結界を一緒に張った人達と、改めて自己紹介をし合う。辺りを見渡すと、サバトは始まっていないのに、もう挨拶回りがあちこちで始まっていた。僕も、その流れに乗る。  パティに指示されて、事前に名刺を準備しておいて良かった。挨拶した後、交換を求められることが多い。サバトの最後まで数が足りるかどうか、少し不安だ。  挨拶回りが一旦落ち着くと、みんなの動きは会場設営の手伝いへと移行する。小さな村といっても、広場は相当な広さがある。  僕は、カヴン『森の守り手』メンバーから完全にはぐれてしまい、辺りを意味も無くうろついていた。 「ナオ、おーい、ナオ! こっちへおいで!」  ダイアナが、反対方向の建物の前から僕を呼んでくれた。彼女の隣には、見知らぬ女性が立っている。ダイアナより随分大きな人だ。  僕は小走りで向かった。 「これがうちのホープ、ナオだ。ナオ、こちらはセルマ」 「やっと挨拶出来るわ、ナオ。ずっと話ができる機会を待っていたの! 私はセルマ、今日このベルテインを取り仕切るカヴン『闇夜の流星』のプリースティスよ」  右手を差し出され、僕も手を出し握手を交わす。 「結界の設置、協力ありがとう。流石、結界に特化したカヴン出身ね、良い仕事してる! 魔力量も聞いていた通り、潤沢なようね。  というかあなたたちのカヴンって、祭壇使わないんだっけ? 祭壇使わずに詠唱してたでしょ。みんな驚いてたわ、珍しいわね」 「はい……でも、大規模な結界を張る場合は、陣の外の地面に、僕らの森の方向に向かって、キャンドルと香炉と、水と塩とお酒は置くんです。それがきっと、みなさんが仰る祭壇の代わりになっているのだと思います。  初めましてセルマ。僕はスオウ・ナオです。いまはカヴン『森の守り手』所属ですが、日本では……」  セルマは人差し指を立て、僕の言葉を遮った。 「あなたは、とっても有名。日本の男性ばかりのカヴン出身ってこともそうだけど、特に最近では、ものすごく面白いパートナーつきの魔女だってね」  セルマはウィンクした。 「うちのカヴンには、お小さい方々(ウィー・フォーク)と言葉を交わせるメンバーがいてね。彼らから、ナオのパートナーの噂を最初に聞きつけたのは彼女なのよ! 彼女も、あなたが来るのを楽しみにしてたの。彼女を交えて、あなたの話をじっくり聞きたいわ。  ああ、あそこにいる。おーい、ドロシー、ちょっと! ねえ、ドロシー!?」  ドロシー、と呼ばれている女性は、呼び声に全く気づく様子がない。歩みはゆっくりながらも、どんどん違う方向へ行ってしまいそうなので、 「ああ、ごめんなさい、すぐ連れてくるわ。あの人、人ならざる者の声に耳を傾け過ぎて、偶に現実の声が届かないことがあるものだから」  わお、と口に出しそうになったけれど、失礼に当たるかもしれないと思い、取り合えず黙って微笑み頷いておいた。  セルマはドロシーのところへ走って行き、後には、僕とダイアナが残された。 「ねえダイアナ、聞いた? 新太ってやっぱ凄いなあ。妖精の間で噂になってるんだって!」 「うん? いまの話をそう捉えたのかい、ナオ」 「え、どこか違う?」  僕は首を傾げる。 「お前は馬鹿だねえ!」  久々に、ダイアナからバカ呼ばわりされた。何か間違ってる? もしかして僕のヒアリング力、落ちたかな。 「セルマはナオのことを褒めてたんだよ! 『パートナーつきの魔女』とちゃんと言ったろう、彼女はお前主体で話してるんだ! 彼女の方が、状況をよく理解している」  状況、何の話だろう。 「ナオ、お前は本当に、自覚が無いのかい?」  ダイアナは、ふうん、と大きく鼻息を立てた。 「アラタ単独では、ああはならないよ。お前ありきだと言っている。お前がいるからこそ、アラタは規格外のことばかり出来るようになったのさ! アラタみたいなのが普通にいたら、世の中魔法使いだらけになっちまうよ!  まあ、元々素質はあったんだろうけどねえ」 「僕が、いたから?」 「そうだよ! 全く……あの子は本当に、お前に伝えていないんだねえ。確かにアラタは『別に伝えることでもないから』と言ってはいたが」  ダイアナは、僕を頭から足先まで、何度も眺め回す。 「いいかい、ナオ。アラタは恐らく、どの魔女達よりも強固で揺るぎない愛と信仰心を、“女神”に対して抱いているんだよ。  厄介なのは、それがイニシエーションを経ていなくとも魔女の真似事ができるくらいには強大で強力だ、ってことさね。だから不可思議なことも、いとも簡単に引き起こす」  ダイアナは、眉を寄せて頭を振る。 「ええと、それって」  もっとちゃんと聞きたかったのだけれど、僕はスーに会食用テーブルの設営に手伝いとして呼ばれ、ダイアナも、他のカヴンの人たちに呼ばれて、機会を逃してしまった。  辺りが薄暗くなり、会場の四方に篝火が焚かれ始めた。  広場の真ん中には、祭壇。それを取り囲む大きな魔法円――カヴン『闇夜の流星』では、魔法円と言うらしい。文字は刻まれていない――があり、周りに花々が置かれている。魔法円の東側には、色とりどりのリボンがてっぺんから垂れ下がったメイ・ポールが立てられ、ポールを取り囲むようにもうひとつ、魔法円が描かれている。  リボンが揺らめく中、大勢の魔女が集っていた。二百人は越しているんじゃないだろうか。こんなにたくさんの魔女が一堂に会するのを、僕は初めて見た。  カヴン『闇夜の流星』主催のベルテインに参加しているのは、スコットランド内にある、やんわりと繋がりがある宗派のメンバーだ。  ちなみに、別の地域にある分派や全くの新規カヴンが参加したい場合は、ちょっとした審査があるらしい。  大学の魔法学科の所属人数は多かったけれど、授業以外では一般の生徒に紛れて過ごしていたので、全体の人数が把握できたことはなかった。更に、魔女ではない魔法使いの方が大多数で、魔女は少数派と聞いていた。ここにいるのはみんな、正真正銘魔女宗(ウィッチクラフト)、同胞だ。  カヴンは通常、最高十三名で構成される、ということになっているけれど、実際はその倍近い人数になっているところもある。逆に四、五人のところもあるし、ソロの魔女だっている。 『森の守り手』は現在、僕を含めて十七人。大小様々な大きさのカヴンが集まって、二百人近く。やはり、サバトは特別な集会なのだと実感する。  参加者を客観的に眺めると、なかなか面白い。性別、年齢の別はおろか、人種、国籍も恐らく違う人達が混ざっている。  中にはあまり魔女っぽくない、学者みたいな人達もいた。何故か、かっちりしたスーツ姿だ。彼らはつい先ほど到着したようで、まだ挨拶をしていなかった。行った方が良いだろうか? 「よっ、久しぶり!」  ぽん、と後ろから肩を叩かれた。日本語だ。 「わあ、佐倉さん!」  振り向くと、革ジャンに革パンの、全く魔女っぽくないおっさんが立っていた。カヴン『森と結界の守護者』メンバーの一人だ。 「はあーい、直ちゃん!」 「ちゃんづけは止めて下さい!」  肩に置かれた手をぱしっ、と弾く。 「いやぁ、お前がとうとうサバト初参加ってことで、何かあるんじゃないかとオレのレーダーが察知して志願して来たよ。今回マジ倍率高かったぜえ!」 「何かって?」 「何かは何かだよ、ただの勘だ、オレだって知らねえ。あー、確かめるための占いとかももちろん、して来てねえよ。面倒臭えし、ウチのカヴンは未来視にとんと疎いからな」  うん、そうなのだ。恭一郎さんを初めとして、『森と結界の守護者』では占いや未来視を得意とするメンバーが全くいない。僕も不得意。揃いも揃って皆、感覚が鋭くない。  それに未来視が出来るなら、結界を何重にも重ねたり、強化した結界をあちこち同時に設置するなんて非効率なこと、恐らくしなくても良いのだ。  未来視が不得意からこそ、カヴン『森と結界の守護者』が結界魔法特化になった、とも言えるだろう。  そもそも『森の守り手』からして、占いや未来視に重きを置いていない。 「なあ、せっかくこっち来たんだしよぉ。明日、お前らの住んでる辺り、案内してくれ」 「うん……ねえ、佐倉さん。もしかしなくても、僕がこっちに来てからも、カヴンの誰かがサバトに参加しに来てたのかな?」 「日本の魔法界の情報を定期的に、可能な限りサバトにおいて申し伝える、ってのも、『森と結界の守護者』メンバーが『森の守り手』で修行させてもらうための交換条件、つーか、契約のひとつだしなあ」 「そっか……」 「あぁ、お前あれか? これまでお前のところに誰も来なかったの、気にしてんのか?」 「うっ」  図星だ。 「そりゃー、お前と新太が恭一郎さんに挨拶する前は、恭一郎さんに遠慮してたんだ、当たり前だろ。  ま、正直ここ何年かは俺達、仕事の方がちと忙しくなってな。誰も参加できてなかったんだ。手紙のやり取りで許してもらってたんだよ」  佐倉さんは、頭をがしがしと掻く。 「オレも、うーん、何年ぶりだ? 五、六年ぶりになんのかね、スコットランド」  ごそごそとポケットからタバコを取り出し、ジッポで火をつける。  ふー、と長く煙を吐き出した。 「日本ではあまり感じられねえが、やっぱサバトに来ると実感するよなあ。  カヴンによってやり方は違うだろうが、ここの魔女宗(ウィッチクラフト)にとっては、神々が身近なものなんだってな」  佐倉さんの視線は、祭壇のところにあった。  魔女宗(ウィッチクラフト)において、絶対遵守すべきものはそう多くはない。  女神信仰であることと、『誰も害さない限り、あなたの望むことを成せ』という規律があるくらいだろう。  なので流派、というか、宗派がたくさんある。むしろカヴン毎にやり方や、考え方が違う。祭壇を使うところもあれば、使わないところもある。人数だって様々だ。  そして讃える女神と男神の名の多さ。表現方法の違い。  スコットランド、イングランド、アイルランド。ブリテン島を離れ、ヨーロッパ、更にアメリカ大陸その他諸々の土地と伝説によって、使う女神と男神の名も変わる。  そういうことが、日本国内だけで修行していると分からない。  だから恭一郎さんは、カヴンのメンバーを一度は『森の守り手』の元へ修行に行かせるのだという。スコットランドで、神々を身近なものとしている魔女の魔法を肌で感じさせる。そうしてメンバーの考え方を柔軟にさせ、力を強化するのだ。  女神、か。  誰なのだろう、新太の女神って。そうだ、ましろと契約した時も、俺の女神、と詠っていた。  確信を得ているような、恋い焦がれるような、力強い光を湛える瞳。  勘違いかもしれないけど、セックスをする前、僕に対して発情している時に見せる、熱く求めてくる感じの光に似ているような気がする。  高校の時の、ハンドファスティングの儀式を思い出した。  溶け合って、ひとつになって、女神の息吹を感じた、きっと祝福されていた儀式。  新太が想っていたのは、あの、名も知らぬ女神なのだろうか?  新太は僕と儀式をした後、日本で何をしていたかを、いまでもあまり話してくれない。『森と結界の守護者』で、ハンドファスティングの準備にまつわることをしていたのは知っていた。でも、当麻家内で心療内科云々というやりとりがあったのは、昨年の夏休みに知った。  会えない間何があったのか。新太が魔女の魔法とどう関わって来たのか。関わりの中で、新太が信じる女神が出来たのだろうか。  いや、たぶんそれは無い。 『森と結界の守護者』では、どの女神、どの男神、という個別認識を促すようなやり方は教えない。僕でさえ、ダイアナから教わるまでは、はっきりとした神を想像したことはなかった。  ぼんやりと、夜空を仰ぐ。  格好つけて出て来たけれど。新太、今頃何をしているだろう。  たくさんの人に囲まれながら想うのは、やっぱり新太のことだ。  早く帰りたい。  会いたいな、新太。

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