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Walpurgisnacht ワルプルギスの夜7

「おーい、もうすぐべルテイン開始だってさ」 「いよぉ、スーザンちゃん!」  佐倉さん、ちゃんづけはやりたいらしい。そこだけ日本語にこだわり、あとは英語で、近づいて来たグラント家の人々に挨拶し始めた。 「わー、久しぶりサクラ! 元気してた?」 「元気だよ! いやー、スーザンちゃんでかくなったな、幾つになったんだっけ?」 「ちょ、レディに対して年齢聞かないでよ!」 「あ、そーかそーかすまんすまん。えーと、俺が初めてそっちに世話になってた時はおしめしてたから」 「まだ産まれてない! そんな歳、取ってない!」 「ちょっとスー、教えてあげなさいよ」 「おお、パティ、ダニー! おおぅダイアナ、俺の師匠!」  佐倉さんが、ダイアナを抱き締めた。 「うむっ、お前まだタバコ吸ってんのかい、臭い! 離しなさい!」 「はあっ、酷え!」 「どっちがだいこの利かん坊が!」  僕はみんなのやり取りをよそに、ぼんやりと、村の出入り口の向こう側にある林を眺めていた。  何となくだ。何となく、気になった。  ぱちぱちと爆ぜる篝火の赤色とは違う色が、ちらちらと見える。暗闇の中で見えるのだから、きっとあれは光だ。何が光っているのだろう?  例えるなら、蛍の光。でもこの辺りって、蛍、いたかな。てか、そんな時期だっけ? ゆっくり点滅して、ふよふよと数個、漂っている。  光は、七色に光り始め、徐々に数を増やし、大きくなっているようだ。  僕は出入り口に向かおうとした。 「ちょっとナオ、もうすぐ開始だよ、どこ行くの?」 「うん、でもどうしても行きたいんだ」 「は? どうして」 「ごめん、何となくだから、どうにも説明し辛い」  僕は苦笑いしながら、スーに片手を上げ、移動し始めた。スーは呆れ顔で僕を見送る。  僕、ちょっとおかしくなったのかな。どうしてだか、呼ばれているような気がするのだ。  べルテイン開始前とあって、みんなひとかたまりに集まって、動いてくれない。謝りながら、懸命に人の間を歩かせてもらうが、なかなか前に進まない。 『マスター、あれは』 「うん、やっぱりそうなのかな」  影の中からセバスが話しかけてくる。  僕らには何故か、確信があった。  光に気づいた人達が出てきたようで、少しずつ、騒めきが広がっていく。  光はだんだん人影の形をとり、こちらに近づく。  僕が手間取っている間に、人影は村の出入り口を通過し、あろうことか、僕達が作ったはずの結界をあっさりとくぐり抜けた。  その段になって僕もやっと、集団から抜け出した。  これが、僕らが想定している人でもなく、魔女でもない全然別の者、若しくは悪い()()かだったとしたら、結界を設置した責任者としては大問題だ。  でも、きっとあの光は妖精で、囲んでいる人影はたぶん……ああ、やっぱりそうだ! 「新太!」  呼ばれた本人が、目を丸くした。 「直!」 『ナオ! あらまあもしかしてここ、ベルテインの会場ですの!?』  新太の足元にいるましろが声を上げた。 「な、んで?」  僕は新太の腕をぎゅっと掴んだ。うん、幻じゃない、新太だ。  新太は僕の頬を、掌でゆっくりと撫でる。 「うん、俺にもさっぱり……いや、違うな」  唐突に、新太は後ろを向いて、袖で自分の顔をごしごしと擦り始めた。 「え、どしたの大丈夫?」 「あー、いや、何でもない。ほら、篝火の煙がさ、目に入っちゃって」 「ちょっと、まさかアラタ!? あんた何やってんの!」  振り向くと、大声を出しながら、スーが走って来る。その後ろからはパティ、『森の守り手』のメンバーが四人程。 「うわあ、大騒ぎになりそう」  と僕が振り向きうんざりした声を出している後ろで、 「ありがとうな、ニムブルメン、メリー・メイド」  新太の小さい声が、まるで泣いているように聞こえた。  突然新太が現れ、会場内は案の定、大騒ぎとなった。新太の周りには、人垣が出来た。 「ちょっとアラタ、貴方、どうして来たの!?」 「いやあ、来るつもりは無かったんだけど……」 「なにあれ、なにあれ! どうやって来たの!?」 「どうやってって、歩いて?」 「いやいやそういうことじゃないって! わざと? わざとなの!?」  スーがめちゃくちゃ興奮して、新太に詰め寄る。 「やー、何かほら、お小さい方々(ウィー・フォーク) が俺のこと誘ってる、ってましろに教えてもらって。誘導されるままついて来たんだよ。ほんとに、冗談じゃなく歩いて来たんだって」 「お小さい方々(ウィー・フォーク) が誘った、ですって? しかもアラタ、誘いに乗ったの!? 貴方、そのまま連れ去られて戻って来れなくても文句言えないくらい危険で馬鹿なことしたって、分かってる!?」  パティが憤慨している。この調子じゃ新太、帰ったら延々説教されるだろうな。 「は、ちょ、歩いたって、どこを! てか、アラタ、あんた結界越えてきてたけど何も感じなかったの!?」 「結界……んなのあったか?  あー、グラント家のハーブ園から森に向かって歩いたんだ。ほら、途中に小さい丘があったろ? あの辺りからもう、景色がこっちっぽくなったかな。  歩いたっつっても、ほんの少しの間だ。気づいたらもう、ここに着いてた」 「待って、貴方まさか、妖精の通り道を通り抜けてきた、ってこと? ああもう、信じられない!!」  パティが頭を振りながら呟く。 「おおいみんな、ここに fairy tale(おとぎ話)の住人がいるぞ!」  誰かが大声で叫んで、どっ、と笑いが起こった。 「信じられんな」 「それより、何のモーションも無しに結界を越えてきたぞ?」 「へえ、この人が噂の」  僕は、新太を囲もうとする人々の勢いに押されて、後ろに流されそうになった。 「んんっ!」  みんなに取り囲まれる新太に、手を伸ばす。  新太は僕をちゃんと見つけ、手を掴んで抱き寄せてくれた。温かく逞しい身体に抱き留められる。  きゃきゃっ、と子どもの笑い声が聞こえた気がした。 「……新太」  新太の強い眼差しに、胸が熱くなった。  僕は新太に口づける。  そうしたら、無性に口ずさみたくなった。 「わたしは女神を詠うもの  男神よ  わたしはあなたを恋い慕う  あなたと全き円環を成すため  わたしはあなたを乞い願う  あなたとひとつになるため」  かなり短い詠いでも、新太は僕が何を詠ったのか気づいてくれたらしい。顔がぱっと明るくなり、綻んだ。良かった、喜んでもらえたみたいだ。  更にキスを続けようと、顔を近づけた次の瞬間。  新太の唇が何かの形に動いたのと、ぼうっ、と広場の中央にある魔法円が光を放ったのが、同時に起こった。  カランカラン、カランカランとベルの音が鳴り響く。 「みんな、円の上へ! 詠唱が始まったわ!」 『闇の流星』プリースティスのセルマが叫び、みんなが慌てて動き始める。セルマが、僕に向かって大きく頷いた。  え、これってもしかしなくても、ベルテインの始まりを僕が取っちゃったってことか! まずい、ベルテインの詠いって、どうだったっけ!?  移動中の車の中で、『森の守り手』のものは聞いていた。確か、こうだ。  僕は思い切り、息を吸う。 『冬の女神ベーラ、妖精と神々の母、冬の女王よ去れ!  夏の男神アングスと美しい女神ブライドの  蜜月の時がやってきた  生きとし生けるものの  蜜月の時がやってきた』  ダイアナの言葉を思い出す。 『声を張り上げ、朗々と、堂々と。でないと、風や周りの音に負けて、女神にも男神にも、届きゃしないんだからね』  僕は新太の手を引っ張り、周りのみんなと共に魔法円の上に立つ。片方は新太、もう片方は近くにいた別の人と手を繋ぎ、輪の中に連なる。  輪は、ゆっくりと時計回りに回り始めた。 『山、谷、川を創りし、女神ベーラ  しかしいましばらくは、緑の島へ去れ!  勇猛果敢な王アングスと不運の姫ブライドの  苦難の日々は終わりを告げた  生きとし生けるものの  苦難の日々は終わりを告げた』  息を継ぐ。きゅ、と新太が繋いだ手に力を込めてくれた。うん、大丈夫。 『死から生へ、闇から光へ  一年の円環は巡り  命が繁殖する時がやってきた  愛を交換する時がやってきた  生きとし生けるもの、すべての  命が繁殖する時がやってきた  愛を交換する時がやってきた  大地が満たされる喜びを詠おう  豊穣の角笛が鳴らされる時を!』 「「豊穣の角笛が鳴らされる時を!」」  唱和が続いた。良かった、合っていたらしい。 「「大地が満たされる喜びを詠おう」」 「「豊穣の角笛が鳴らされる時を!」」  僕の詠いは他の人達の口に渡り、何度も何度も繰り返され、円の上をぐるぐると回る。  しばらくして、僕の詠いに、バイオリンの音色が混じり始めた。徐々にフルート、アコーディオンの音も加わる。  それを合図に、輪は手を繋いだまま、メイ・ポールの方へ移動する。  メイ・ポールを囲んだ魔法円の外側に到着すると、繋いだ手が離された。  みんなはそれぞれ、ペアを作る。 「行くわよ!」  新太と共にきょろきょろ辺りを見回していた僕に、ダイアナと手を繋いだスーが声をかけてくれた。  見よう見まねでリボンの端を手に持つ。音楽に合わせて時計回り、反時計回りで前進。ステップで場所を入れ替わり、リボンを交差させる。  また時計回り、反時計回りで前進、リボンを交差。その繰り返し。 「赤いリボンは命の色」 「「命の色!」」 「青いリボンは水の色」 「「水の色!」」 「緑のリボンは草木の色」 「「草木の色!」」 「黄のリボンは……」  リボンが縒り合わされ、次第にポールを包んでいく。 「ふたりとも、交代だよ」  ダイアナに言われ、近くに待機していたペアにリボンを渡す。  凄いな、どんどん繋いでいくんだ。  僕は新太の手を握ったまま、ずっとメイ・ポールを眺めていた。  リボンが巻かれ終わったところで、セルマが魔法円の中心にある、祭壇の前に立った。 「皆さん、本日はカヴン『闇夜の流星』主催のベルテインに参加してくれてありがとう。設営の手伝い、飲食物の差し入れも、本当にありがとう、感謝します。  それからそこのおふたりさん」  ざあっ、と周りから視線が集まる。  ひー、何を言われるのだろう、居た堪れない! 「詠唱のフライングをありがとう、かつてないほどの面白い入りだったわ! しかも今回、彼らと同じカヴン所属のキャンベル氏から、ウイスキーの差し入れが大量に届いているの。  ここ数年の内で、最高のベルテインになりそうね! さあ皆さん、グラスは渡っているかしら?」  セルマの挨拶の前に手渡しで回ってきたグラスは、ウイスキーだったのか。  キャンベルさんの家は、ウイスキー工場だ。ありがとうキャンベルさん、話が僕らから逸れた。  しかし初っ端からウイスキーって。飛ばすなあ。 「我らの女神と男神に感謝を! そしてナオとパートナーの、お小さい方々(ウィー・フォーク) を巻き込むほどの愛に!」 「「乾杯!」」  また話、戻っちゃったよ! しかもわざわざこっち向いて乾杯する人までいた。うわあ恥ずかしい! 「さて、“ケーキとエール”の始まりよ。心ゆくまで楽しんでね」  “ケーキとエール”と名がつくものの、もちろんそれだけでは終わらない、賑やかな飲み食いが始まった。

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