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Walpurgisnacht ワルプルギスの夜8
「すみませんでした! 勝手に詠いを始めてしまって」
僕は、新太とパティを道連れにして、セルマに謝りに行った。
「良いの良いの、本当に面白かったんだから! お祭りは楽しく、が一番よ! それにとても素敵な詠唱だったじゃない、初めてとは思えなかったわ。さすがナオね」
「そんな! でも……」
このままだと僕の気が済まない。その様子を見て取ったのか、セルマはふーむ、と唸る。
「そうねえ、ではこうしましょう! パトリシア、まだ当番ではなかったと思うのだけれど、次の夏至のサバトを『森の守り手』で主催してちょうだい。そこで私に、詠唱をさせてくれたらそれであいこ。どう?」
「ええ、それで良いわ! ありがとうね、セルマ。では、今後の打ち合わせをしましょうか?」
「他のカヴンのプリースティスを呼びましょ。プリーストのところは、あったっけ?」
ふたりは、話しながら場所を移動する。パティが振り向きざまウインクしてくれた。後は任せろ、ということだろう。
「あのプリースティスさん、詠唱 って言ってたな、詠いのこと。前にましろもこの言葉を使ってた気がする」
「そうだね、カヴンによって、詠いの言い方も違うから……ああ、新太」
新太がいる。サバトの会場で、隣に立っている。
やっぱり信じられない。魔女に混じって儀式までしちゃってるし。
というか、結界はあっさり潜り抜けてくるし、そもそもお小さい方々 に連れて来られるって。
「直、さっきの詠い、めっちゃ格好良かったな! 凄え声通ってたし、綺麗で堂々としてた。
あれ、何だ?」
僕の胸の内を余所に、新太は興奮したように話す。
「え、ベルテインの詩のこと? 事前にダイアナから教えてもらってたから……いや、そんなのどうってことないよ、新太の方が」
言葉を切る。胸がぶわっと、熱くなった。
「何で新太って、こんなにとんでもないの? ほんと凄い、新太ってほんと凄い! 格好良すぎ!」
新太は、ゆっくり首を振った。
「いいや、お小さい方々 が凄かったんだよ、俺は連れて来てもらっただけ。それに、直の方が断然」
新太が一歩踏み出し、距離を縮めてきた。
「お前の最初の詠い、死ぬ程嬉しかった。あの時のだろ?」
「……うん、ちょっと省略形だけど」
どちらともなく抱きしめ合い、見つめ合う。僕の目が涙で滲んでいるせいだろうか、新太の目も、少し濡れているように見えた。
「やっぱさ、直は詠ってる時、ますます綺麗になるよな。着衣状態での詠いは久々に見たけど、美しさは損なわれない。裸の時と、全然遜色無いよ」
「なっ!」
慌てて周りを見る。人がたくさんいるのにそんなこと!
「え、なになにエロい話?」
やっぱり。スーが小走りで駆け寄り、さっそく食いついてきた。
「エロいっちゃあエロいけど。うら若き乙女の前ではお話しできねえよ」
「あー、お昼の、根に持ってるよこの人! ねちっこいよしつこいよ!」
「ヤダ、スーったら……新太がねちっこくてしつこくて長くて上手いの、こんなところで言わないで恥ずかしい」
「こらこら直、違うからそっちじゃないから、しかも増えてるし」
「おーい、そろそろオレのこと、認識してくんねーかなあ」
佐倉さんが新太の背後からひょいと顔を覗かせ、タバコの煙をむはあ、と吐き出した。
「あっ、佐倉さん!? ご無沙汰してます!」
「いよお、新太! オレさ、お前の顔見に、お前らん家に行こうと思ってたんだけど」
佐倉さんはくくっ、と身体を折り曲げる。あれ? この人、もう手に持ってるグラスが空だ。顔も真っ赤。
「わざわざ明日、会いに行く必要が無くなった! オレのレーダーほんっと優秀! あーあ、お前ってほんっと、面白いよな! 何で妖精がお前を、わざわざベルテインの会場に連れてくるんだよ!?」
新太は肩を竦めた。
「さあ。でも、光る妖精達が楽しんでる、ってことだけは分かったんすよ」
「は、何でんなことが分かる?」
「笑い声が聞こえたから」
佐倉さんとスーが目を合わせる。
「はあぁぁぁ? お前それ本気で言ってんの? おいおいマジか」
「とんでもないこと言ってる、って自覚が無いから更にとんでもないのよねこの人。まあそれもこれも」
スーが、うんざり顔で佐倉さんに語って聞かせる。
「この人、ナオしか眼中にないから、愚か過ぎて哀れんでくれてるのよ、周りのいろいろが。それが偶然、良い感じに見えてるだけで」
これが最近、スーが新太の不思議の数々に対して出した結論だった。でなければ説明がつかない、ということらしい。
「スー、お前それ全然褒めてないよな?」
「いーや、あながち間違ってねえぞ、スーザンちゃん。こいつ直に関しては、マジでイカれてるから」
新太の発言は、完全にスルーされた。
「でしょでしょ!? この人さ、こういう魔法使いっぽいことしでかす他にも、訳分かんないくらいすんごいことしたりするんだけど『勉強してきた』って一言で済まそうとするのよ!
この前なんか、ブタノカクニ? もんのすんごい美味しい料理作っちゃってさあ、ダイコンとハンジュクタマゴつきの。なにこれ! って言ったら」
スーは、何故か手を顎に添えた、妙なポーズをとった。
「『勉強してきた』、だってさ、かぁっこつけちゃってぇ!」
「豚の角煮は別に凄くねえよ普通にネットで調べたんだ! しかもんなポーズしたこと無えし!」
「あー、あるある、こいつ言うよなあ! しかし意外と男の子は、影で努力してんだぜえ? こいつ、その典型」
「へえぇぇぇぇ」
佐倉さんには親指で指され、スーにはにやにや笑われる。あまりにも好き勝手するふたりに、
「あー! うるさい人達がいるうるさい人達がー!」
新太がとうとう叫び始めた。が、しかし。
「アラタ、何騒いでるんだい!? お前に紹介したい人達がいるんだよ、こっちにおいで!」
ダイアナに叱られ即座に押し黙った新太は、静々とその場を離れて行った。
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