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What I will become 何になる?3
直に「ダイアナに会いに行く」と伝え、ひとりでグラント家を訪れた平日の午後二時過ぎ。ソファに囲まれたテーブルには、ダイアナ、パトリシア、スーザン、俺分のティーカップ、俺が焼いてきたスコーンとクッキーが並んでいる。
「で、少しは落ち着いた? ナオから何か聞き出せたの?」
「いや、新しいことは何も……あー、そういやこの間、『僕の方が、絶対好きなはずなのに』って呟いてたかな、確か」
「はああああああ!?」
年々パワフルさ――いや、ガラの悪さか――が増しているスーが、おーうっ、と嘆きの雄叫びを上げる。
「多大なる勘違い! このど変態ストーカー野郎を目の前にしてそんなこと口にできるナオって、ほんと平和!」
「日本は平和な国だからな」
「そこじゃないっつの」
素早いツッコミだ。
「とにかく、自分の方が俺よりも、俺のこと好きなんだっていうのをどうにかして身体で伝えようとしてる……のかもしれない。無理だよな、俺のこの、でか過ぎる愛を超えるとか」
「はああ、『目が合わせられなくて寂しい』っていう相談のはずなのに! のろけにしか聞こえないんですけど!!」
「いや、そもそもこの話を振ってきたのはスーで、俺はダイアナと別の話をしに来ただけ……つかスー、学校は? 平日の真っ昼間だぞ」
「今日は午前までだったんだもん、文句言わないでよね!?」
「や、落ち着いてくれ、スー。これは文句じゃなく、ただの疑問だ」
「じゃあまだナオは混乱してるのね。夜も相変わらず、ってことでしょ?」
「あー……うん、まあ、そう」
俺は若干、目が泳いだ。
グラント家女性陣は、俺達の性生活について、まるで天気の話でもするかのようにナチュラルに尋ねてくる。ベルテイン直後からの様子も、根掘り葉掘り聞かれて俺がゲロってしまったので、ばっちりご存知だ。
そしてこれは最近気づいたのだが、彼女らは決まって俺がひとりの時にこの話題を振ってくる。直にはしない質問事項らしい。きっと直が恥ずかしがってあまり話してくれないと判断しているからだろう。
ん? つまり俺が簡単に喋り過ぎなのか?
「ま、時間の問題だろうよ」
紅茶を飲みつつ、ダイアナが言った。
「お前は、ナオが女神だと思うことを止められないだろう?」
「止められないってか、直は、女神だ」
俺の中で、直は直だ、と考えるのと、直は女神だ、と考えるのは同義であって、むしろ息するのと同じくらい当たり前なのだ。まず分離できる思うのが無理。
「だったら後は、ナオの気持ち次第なんだよ。少しずつ、状況は変わっていくさ。打てる手は、打っているだろう。もう少し待っておやり」
「……ああ、分かってる」
分かってはいるんだが、いかんせん、長い。
高校の時、俺の好きだという気持ちを疑った直は、一体どのタイミングで、何があってちゃんと信じてくれるようになったんだっけ?
頭をがしがしと掻く。
「あーやっぱ、小出しにしとくべきだったか」
「どうだろうねえ。伝えなくて良いのかい、と問うていたのはわたしだが、結果まで予測していたわけでもないから……内容が内容だしねえ」
ふう、とダイアナが溜息を吐く。
「仕方ないねえ。もう一度、ナオと話してみようか」
「すまない、よろしく頼みます」
「ねえところでアラタ、就職はどうするつもりなの?」
俺はパティの突然の話題変換に、若干面食らった。
「は、就職? あのさパティ、俺、ダイアナに話があって今日、ここに来たんだけど」
「アラタの専攻って、何だったっけ? 卒業試験もあるから、これからどんどん忙しくなるわよね?」
「え、この話、続けんの?」
「いつもはこういう話、ゆっくりできないでしょ。で?」
おっと、パティ、全く引く気配がない。この人結構頑固なんだよなあ。
「……経済学」
「ぶっは、全然イメージ無い! あれ、てかアラタが何勉強してるとか、話したことあったっけ!? てか何故に経済学!?」
スーが、半笑いで訊ねてくる。こういう反応されると思ったから、自分からはあえて話さなかったんだよ!
「あー……UKっつったら、やっぱ経済学かなと。正直こっちに来られれば、何でも良かったし。あとは、就職に有利なんじゃないかと勝手に判断した、というか、してたんだけどさ」
俺のイギリスに関する知識つったら、世界史や公民で習う程度のものしかなかった。こちらの就職事情なんて、なおさら未知の世界だ。
イギリスに行くと決意した後も、とにかく大学へ入学することで頭が一杯で、卒業後のことなど考える余裕はなかった。
進学したらしたで、最初の頃は専門用語が分からず四苦八苦していた。ファウンデーションと、直の協力もあり、いまでは問題無くエッセイ(日本でいうとこのレポートだ)や試験をこなしている。
お陰様で単位を落としたことは無いが、正直、授業もエッセイも試験も、無難にこなしているだけで経済学方面にやりがいとか情熱とか、全く感じていない。
実のところ経済学関連の就職先を考える、ってのも、あまりピンと来ない。
「そういやグラント家って、仕事何してるんだ? いつもの平日昼間だったら、ダニーもパティも、いないよな。あれ、じゃあパティ、どうしていま、ここにいるんだ?」
「わー、いまごろー」
スーがソファに仰け反り、
「銀行員!」
と答えた。
「兼、狩人」
パティが続く。
「兼、魔女だねえ」
にっこりと、ダイアナが微笑んだ。
「めちゃくちゃ兼業だな!」
「魔女専業は、なかなかハードル高いのよ? 魔法で生計を立てられる職業が少ないから。
公に、とは言っても非魔法使いには秘匿されてるけどね、雇われる可能性があるのは、魔法科を備えた学校の教職員、魔法薬剤師、警察内の魔法警備隊、あとは民間企業になるけれど、国際魔法警備辺りかしら。他にもいくつか企業は立ち上がっているけれど、規模としてはまだまだ小さい。
大抵は兼業か自営業を選択するしか無いわ。占星術士とか、呪術師とか……昔は個人で薬剤を扱ってるところもあったけれど、どうしてもアングラなものにならざるを得ないし、魔法薬剤師の仕組みができてからは取り締まりが強化されて、とんと見かけなくなったわね」
パティは、自分の目の前においていたティーカップを手に取り、少し唇を湿らせる。
「では参考までに、グラント家のことをもうちょっと詳しく。
グラント家は元々、代々続く狩人の家系よ。恵みを与えてくださる森に感謝する為に始めた儀式が、魔女の術となった。だから本来の姿は、魔女というよりは狩人なのかもね。
オスカーパパ、スーにとってはおじいちゃんね、彼までは、狩人で生計を立てていたわ。でも、私には向いていなかった。いまでは儀式に関係する狩りくらいね、やるとしても。主たる職業は、別に探す必要があった。
それで、銀行員として働き始めたのよ。で、勤め先の同僚であるダニーと出会って、結婚した」
「へえ、銀行で同じ魔女を見つけて、結婚できたってことか」
「いいえ違うわ。ダニーは私と出会うまで、魔法とは縁のない暮らしをしていた。アラタ、貴方と同じよ。
結婚する前に、記憶を消去することになるかもしれないリスクを覚悟の上で、家系のこと、魔女宗 のことを包み隠さず話したら、自分も魔女宗に改宗する、って申し出てくれたのよ。
受け入れてくれるのであれば、無理して魔女にならなくても良いのよと伝えたら、君のそばに一生いたいから、改宗は自分のためだ、って」
おお、ダニー格好良いな。俺がにやりとすると、パティは小さく咳払いした。
「まあ、だから、ダニーの魔女歴は、そんなに長くない。
実はいまでも改宗のことで、ダニーの実家とはあまり良い関係を結べていないの。本当のことを全て話す訳にもいかないから」
パティは両肩をひょいと上げ、苦笑いした。
「……そっか。何か、ごめん」
いつも楽しげに見えていたから、意外だった。平穏に見える家庭でも、何かしら事情を抱えているってことか。
「あはは、私が勝手に話しただけなんだから、気にしないで」
パティは手を振った。
「ま、とにかく銀行関係なら、すぐに紹介状を手配できるわ。なんなら狩人関係でも大丈夫よ」
「かっ……!」
狩人!? 『スコットランドで狩人になった日本人』って?
字面凄えな!
「ママ、それはあたしがなるって言ってんじゃん! せっかくアズキがいるんだから」
アズキとは、スーの使い魔だ。色が似てるからという理由で名付けられたのだが、アズキは雄の鷹だ。
俺がスーにあんこ(あずき)を使った和菓子を与え過ぎたせいだと思うと、申し訳ないとしか言いようがない。
しかし、アズキって真名だよな。真名がアズキなら、アズキ自身にあずきみがあったってことか? つかあずきみって何だ。
「別に、新太と一緒にやったって良いでしょう?」
「えー? 新太があたしのこと先輩として敬ってくれたら考えてあげても……痛った!」
パティが、調子に乗ったスーのおでこを軽く叩いた。
「あ、閃いた! ウィスキーの蒸留所はどう? キャンベルさんのところ人手不足じゃん!」
「酒造りかあ。酒にもあんま、興味無いなあ」
「でも、やればできそうじゃない? アラタってほんと、何でもできるものねえ。キヨウビンボウ、っていうのよね、日本語では」
「パティって、たまに妙な日本語ぶっ込んでくるよな」
「魔法使いではないから、国際魔法警備は無しね。ここなら簡単に紹介状、複数枚手配できるのだけれど……あとは、一般的な勤め先を所属の研究室の先生に相談してみるとか。ああ、カヴンのみんなにも声、かけてみましょうか」
突っ込みは華麗にスルーされる。
「うーん、けどなあ」
何か、違うんだよな。
スーが、あー、と声を上げた。
「もーさあ、アラタが納得できないのって、ナオの傍にいられないからでしょ?
だったら観念してさ、アラタも魔女になって魔法薬剤師になってさ、ナオと同じ職場選べば良いじゃん! 上手く勤務地融通してもらえれば、ずっとべっとりくっついてられるよ?」
「いやいや! だから魔女は、無えって」
「あれえ、良いの? このままだとナオの方が高給取りになっちゃうよ? おばあちゃん仕込みの魔法薬剤師ってんなら、きっとホープ扱いだよ?
アラタもうちのカヴンに入っておばあちゃんに習えば? もう一回魔法学科に入り直すことにはなるから、その分時間はかかるかもだけど」
スーザン! とパティが窘める。
「そんな簡単に言っちゃダメ! 魔法薬剤師は合格するのが難しいって、あれほど教えたじゃ、ないの……」
パティは声の調子を段々と落とし、俺の頭から足元まで、眺め回した。
「うん、まあ、でもそうね。アラタなら、一度は落ちても、二度目で行けそうな気がしてきたわ」
「でしょでしょ!? むしろ一発合格もありえるって、この人マジおかしいから!」
「いや、求めてない求めてない」
ははははは、と三人にひとしきり笑われて。
「はぁっ……ま、冗談はさておき」
冗談だったのかよ、つかどこからどこまでが冗談?
俺は続く話を聞いて、うっかり訊ねそびれた。
「何にせよ、気をつけなさい、アラタ。貴方、あのべルテインからこの方、かなり注目を集めている。
その話をするために、今日お休みを貰ってきてたの」
俺は首を捻る。パティは、先ほどまでとは打って変わり、真剣な表情だ。
「最近の混乱気味の精神状態のナオが聞いたら、どういう反応が返ってくるのか予測不可能だったから。あの子がいない今日、正直に現状を伝えたかったの。
アラタ、うちに、あなたについての探りの電話が、何度も来ているのよ。昨夜もあったわ。
本当にカヴン『森の守り手』所属じゃないのか、彼は魔法使いに興味はないのか、これからどういう進路を? って。
魔女宗 関係者よりも、噂を聞きつけた魔術師関係者からの方が多いわね」
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