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What I will become 何になる?10

 プロジェクトが始動した次の週の月曜日。お昼の時間になると、みんな自然と実験室の隣に設けられた臨時控室のテーブルに集まった。 「へえ、私達がいない間にそんな面白いことがあったの? ダメじゃないナオ、そういう時は一報くれなきゃ。ねえ、ロビン?」  美しい所作でサラダを食べながら、口ぶりとは裏腹な、綺麗な笑みを浮かべたカミラに対し、何が起きても大抵普段通りのロビンはさて置き、僕とリー先生とクラウスナー先生は、やや衝撃を受けた。  名前呼び。距離感が近い。それでいて、嫌な感じが全くしない。人懐っこいというか、立ち回りが上手いというか。  そんなカミラを見習ってか、 「じゃあ私はショウレイで。ショウでも良いわ」 「二コラって、呼んでちょうだい」  と、初日午後から、チーム全員がお互いをファーストネームで呼び合うようになった。  それに、昼食を臨時控室で揃ってとることも習慣化した。  今回の実験は、想定される様々な魔力注入方法を試しつつ、同じ結果を得ようとするものだ。必然的に、同じ作業の繰り返しとなる。  だから昼食の時間は、みんなの良い息抜きの時間になった。  プロジェクトが始まって五日。  大学で今日の分の実験を終え、調剤室に戻って割り当てられていた薬を作り、家に辿り着いたのが二十一時過ぎ。  キッチンに、夕飯のカレーが作り置きされていた。作った本人は、“エッセイ作成で、一度大学へ戻る”とメモを残して外出中だ。 「もー、どうしてあんなにみんな、エロい話が好きなのかなー」  僕はダイニングテーブルでカレーを頬張りながら、足元に控えるセバスへ語りかける。  最近のお昼の話題といえば、主にパートナーとの性生活についてだ。当初は性魔術のやり方や仕組みを話していたはずだった。  皆が同じ様なレベルで話すので、合わせようとする僕も、ともすると新太のセリフや行動、具体的な体位から部位の色々に至るまで事細かに語る羽目になる。 『人の(さが)、と申しましょうか。ちょっとした気晴らしにああいうお話はもってこいのネタなのでしょう。良いではありませんか! 皆様打ち解けられておりますし、喜んでいただけているようで』 「面白がってる、じゃなくて?」 『面白がっているというより、特に女性陣は、マスターのお話が参考になると考えていらっしゃるようにお見受けします。時折茶化されることもございますが、マスターがお話しされている時は、皆様真面目に聞かれてますし。それにご相談を受けられることもあるではないですか!』 「僕なんかに聞いたって、新太相手でしか経験が無いのに」 『マスターは、身体の面において男性の視点、女性の視点、どちらからもお話が出来ておられるようです。皆様、参考になると思われていらっしゃるのでしょう。  それに皆様、各々のご体験も包み隠さずお話しくださってますから、フェアといえばフェアですよ』 「ま、確かに」  彼女達の話を聞いていると、こちらの方が目を白黒させるようなドエロい内容であることもしばしばだ。 『ロビン様まで乗り気なのは意外でしたが』 「ロビンは、それこそ面白がってるだけだよ、学術的な方面で、だけど。探求心と好奇心の塊みたいな人だもん」  ま、ご経験の無さそうなロビン様はさて置き、というちょっと失礼な発言の後、 『皆様と忌憚なくお話しされている影響でしょうか、マスター、最近では人見知りをあまりなされなくなったようです』  そうなのだ。  以前より、知らない人とも身構えずに話せるようになってきていた。 『更に、女性の皆様は新太様のことを絶賛されておりますよね。そしてそんなパートナーがいるマスターが、羨ましいとも。  マスターも、満更ではないご様子ですし』  思わず、口元が緩む。  いままで他の人に詳しく話したことが無いから当たり前なのだけれど、新太の格好良いところを知ってもらって、新太のことを褒めてもらえるなんて、無かった経験だ。新太がいて羨ましい、って言われるのも、本当は凄く嬉しかったりする。 「まあ、カミラがお膳立てしてくれたり、ロビンもちょいちょい助け船出してくれたり、ショウレイも二コラも、僕のこと理解しようとしてくれてるのが伝わってくるからね」  僕は、スプーンでカレーをつつく。 「順調だよね。最初に考えてたよりずっと、みんなと意思疎通できてるし。実験の進み具合は別として……」 『いいえマスター、ストップです、その発言に対して、異議ありです!』  ぽふ、と足を尻尾で叩かれた。 『順調ではありません気を引き締めて下さいませ!』 「どうして? もう問題は解決したのに」 『全然、全くしておりません! マスター、今日もロッカーの中が誰かに触られていたではありませんか!』  魔法薬局に入局した後、何度か、誰かにロッカーを触られているような気配を感じていた。セバスは気にしていたけれど、僕は気のせいだと言って放っておいた。  職場という、慣れない環境に神経が過敏になっているか、疲れていただけだと思ったからだ。それに入局したてで騒ぎを起こすなんて、したくなかった。  ロッカーの中に、わざとらしく誰かが触った明らかな痕跡が残されるようになったのは、プロジェクトが始まってからだ。調剤薬局の建物内にいる時間が短くなったせいだろう。その嫌がらせだかいたずらだかは、ほぼ毎日続いている。  軽く防御の魔法をかけていても毎回綺麗に解除されてしまうし、難易度を少しずつ上げても解除されることに変わりは無く、面倒臭くなって、近頃は放置気味だ。 『白衣がいつもくしゃくしゃにされたりハンガーから落とされたり、気持ち悪くはないのですか?』 「もちろん気持ち悪いよ? でも、もう、それどころじゃないというか面倒臭い……」 『本音だだ漏れですねマスター』 「だって、僕が不在中のロッカーの中身って、ほぼ白衣だけだろ。  白衣触られても別に、クリーニング用の籠に突っ込んどけば綺麗にして返してもらえるし。大学で使うやつは大学内のロッカーに入れさせてもらえてるから、大学で使った後持ち帰ればその日局内で使う白衣は確保できる。実害は無い」 『しかしですね』 「ショウレイの一件は片がついている。つまり、いまちょっかい出してきている相手の正体は不明。  時期的に見て多分、僕がプロジェクトリーダーに任命されたのに嫉妬しているけれど面と向かって文句を言う勇気がないので白衣(もの)に当たっている、ってところだろ。  その程度の相手だ、大丈夫」 『プロジェクトが始まる前から、触られている感じがあると仰られていたではありませんか! それにわたくしが引っ掛かっているのはロッカーの件だけではありません、ショウレイ様や二コラ様が仰っていた噂の出所の一件も』 「そんなの良いって、放っとけば。噂なんて、耳に入って来なければ無いのと一緒だよ。  そんなことより新太には絶対、言っちゃダメだからね。心配するから」  大学三年となると、研究室所属に所属して週二・三本のエッセイの作成に加え、就職準備がある。それでなくても、家のことや僕の身の回りのことで、色々と新太に手間をかけさせている。これ以上、負担は増やせない。 「こっちが反応しなければ、きっとその内飽きるよ。大丈夫」 『そうでしょうか……わたくし、時間を見計らって、探ってきても宜しいですか?』 「何を探るの?」 『犯人は誰なのか、です! わたくし、推理ものの番組も視聴しておりましたので! 真実はいつも』 「ひとつとは限らないのが、現実ってもんだよね」 『では、じっちゃんの』 「名前知ってるの、セバス? 僕は知らないよ、ごめんね」 『ううううう、マスターが、マスターが全部潰しにかかって来られます、イジメですー!』 「とにかく、無理は禁物。手は出しちゃダメ。オーケー?」  大きな欠伸が出た。ううん、眠い。  僕は、新太に申し訳ないと思いつつもカレーをちょっぴり残したまま、席を立った。 『もうよろしいのですか? 新太様のカレーの時には、最低でも三杯はお召し上がりになりますのに』 「うん、今日はもうお腹いっぱい。ごちそうさま。ごめん、片づけといて」 『ええ、それは勿論やっておきますが……』  僕は、食後のハーブティーも飲まず、シャワー室へ向かった。

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