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What I will become 何になる?11
プロジェクト開始から数週間が経過し、一転して、予定が滞っていた。
最初はみんなに僕のやり方、つまり魔女の魔法の発動を真似してもらい、調剤を数回行ってもらった。結果として、薬になるまでに、通常かける倍以上の時間がかかった。また、成功率も三十%程度。
真似してもらったのはデータ取りの意味合いが強かったし、予想通りではあったので問題なかった。
次に、それぞれの魔術起動方法を用いて魔法陣に魔力を入れてもらうやり方を試みた。混沌魔術師であるロビンには、一般的なイギリスの呪術師のやり方で行ってもらう。
魔法陣が起動したのは――それも、かなり時間を費やして――ニコラとロビンのみ。ショウレイとカミラに至っては、さっぱり起動しなかった。
ニコラとロビンをそばで見守っていたカミラから「この魔法陣、起動させる方法ではなく起動する人間のセンスを問うてくるわね」との指摘を受け、魔法陣の大幅な書き換えに着手せざるを得ないということが判明した。
僕が書き換えた魔法陣は都度実験にかけてもらうが、これが中々上手くいかない。
魔法陣の書き換え自体、すぐに終わるものではないし、実験もひとりひとりの結果を詳細にチェックするので、更に時間を費やしてしまう。
また、同じような効果が得られる魔法起動の方法について、それぞれのやり方で探ってもらっているものの、「そんなの簡単に思いつけてたら、とっくの昔に一般化してるよね……」とショウレイが筆を握りしめながら嘆いていた。
「魔女独自の魔力発動に寄ることのない、どんな魔法使いの魔力発動でも対応できる仕組みを求める」とグレン室長から言われた時点で想定していた事態ではあるのだけれど、まさか消費魔力量の問題に行き着く前に、こんなに足止めを喰らうとは思っていなかった。
「どうしたもんだか……」
夕方、魔法薬局へ戻る途中。目頭をぐりぐりと押しながら歩く僕の足元で、
『マスター、お待ちくださいマスター! 少しお時間を頂きたいのです』
セバスが興奮した様子でぐるぐると歩き回る。
僕が近くにあったベンチに腰掛けると、セバスも飛び乗り、一気に話し始めた。
『以前ニコラ様が“スチュアート・マコーリーの彼女を寝取った”のではないかと、マスターに問われた件は覚えておいでですよね?』
突然の問いかけに、僕はやや面食らう。
「もちろんだよ、かなり驚いたから。それがどうかした?」
『スチュアート・マコーリー氏について、ニコラ様とショウレイ様に伺ってみました。
彼は、管理室配属の呪術師です。ショウレイ様の同僚で、彼がおふたりに対し、自らマスターの被害者であると話していたようです。他にも被害者はたくさんいる、とも。
被害者として挙げられている方々のお名前は、大抵彼と友人関係にある方々と推察されます。何故ならば、二コラ様とショウレイ様は一度、マコーリー氏からとあるパーティーに誘われ出席した際、被害者を名乗る方々と面通しされたと仰っていたからです。
マスターの噂は嘘です。であれば、被害者の方々が存在することもおかしいし、一か所に都合良く集まるのもまたおかしい。
つまり、彼らは徒党を組んでマスターの嘘の噂を流そうと画策している、と考えられます』
「ちょっと待って、ふたりとそんな話してたの? いつの間に!?」
『お昼の休み時間ですよ! マスター、最近魔法陣書き換えの件で頭がいっぱいでいらっしゃいますよね、昼食の時間も忘れておいでです! 無理やりテーブルに引っ張っていっても皆様のお話も聞かれず、食べたらすぐに机に戻られて』
「そう、だったかな……?」
『そうなのです! 更にわたくし、万年筆が落とし物で届いていないかを聞くついでに、一階の受付の方々からも聞き取りを行いました』
そうだ、万年筆のこと、すっかり忘れていた。
「ええと、受付はいつ行ったの?」
『マスターが昨日、状況を確認してきてくれと仰った直後です! ご自分で仰られたんですよ、しっかりしてくださいましマスター!
とにかくですね、マコーリー氏は彼らにも積極的にマスターの噂を流そうとしていたようです。
受付の方は、何だか胡散臭いと判断されたそうで、適当にあしらったと仰っていました。まあ、受付業務だと常に来訪者がくるから長々と話ができないというのもある、とのことですが。
とにかく、マコーリー氏が噂の元凶であることは間違いありません。
しかしここで問題があります』
セバスは、耳をぴくぴくっ、と震わせた。
『マスターとマコーリー氏の間に、何の関係も見出せないのです。わたくしも、マスターの大学生時代にマコーリー氏を認識したことが無い。
だから、クラレンス・K・ボーフォート氏なのですよ!』
また聞き慣れない名前だ。戸惑う僕に、セバスは懸命に語る。
『二コラ様とショウレイ様が参加していたとあるパーティーとは、ボーフォート氏主宰のものでした。
ロビン様の情報によると、マコーリー氏は大学時代、ボーフォート氏の腰巾着の様な存在だったそうです。ボーフォート氏を囲んだとりわけ派手なグループにマコーリー氏は所属していた。そしてボーフォート氏の言いなりであった、と。ボーフォート家と言えば、爵位を持つ歴史ある名家のひとつなのだそうですよ。
更に、ロビン様は憶えておられました、わたくしもお話を聞いてようやく思い出したのです。
マスター、憶えておられませんか? マスターは新太様と再会される大学二年の秋辺りまで、髪を伸ばしていらっしゃいました』
新太と無事一緒に暮らすことができるように、願掛けで髪を伸ばしていた時のことだろうか。話がどんどん思わぬ方向へ飛ぶので、思考が中々ついて行かない。
『マスターは当時、複数の男性から頻繁に、しつこく言い寄られていたではありませんか! ボーフォート氏はその内のひとりです!
一部の方々が過剰な行動に出ておられたのを、憶えておられますか? 手紙や物を送ろうとしたりするのはまだしも、後をつけたり、わざとトイレで声をかけてきたり。
車の一件は、憶えておられませんか? 薬を飲み物に仕込んでマスターに飲ませ、更には車に乗せて連れ去ろうとした。
ロビン様に保護して頂いた後、解毒の術まで施して頂きました。わたくしは施術中、邪魔になるからと部屋の中に入れてもらえなかったのですが』
えーっと、そんなことあったっけ?
そうだ、新太がこちらに来た後「髪を切った方が、色んな意味で良い」と言われて切ったのだった。
「髪が長いと、元々すんげーエロ可愛いのが、もう拝み伏し上げ奉りたくなるくらいエロ可愛くなって余計な虫がつきそう、つか、ついてるって聞いたんで切ってくれ」
「無事に合格して一緒に暮らし始めたんだから、もう必要無いだろ? それにさ、直の首筋が髪の分遠くなる。ほら、こうやって」髪をかき上げられて、首筋をねっとりと舐められて。
「いちいち避けなくちゃならないだろ? な、だから切ってくれよ」
僕は、せっかくここまで伸ばしたのだし、短くするとその分、魔力が減るから、って抵抗したんだった。そうしたら新太は、僕のお尻を撫でながら、「俺が出したのじゃ、足らない? ほら、すぐに入れられる」って言って、硬くなったものを押しつけてきて……
『次の朝にはマスター、ケロリとされていらっしゃいましたし、マスターが髪を切られて新太様が四六時中ご一緒に行動されるようになって状況が落ち着きましたので、わたくしもうっかりすっかり忘れておりました。
ロビン様は、わたくしがボーフォート氏の名前を出したところ、かなり驚かれて、あの一件の後、ボーフォート氏が関わっていたのではないか、というところまでは調べていたと教えてくださいました。ちゃんと気にかけてくださっていたのです、ありがたいことです。
当のご本人様は終始、新太様のことで頭が一杯で、気にも留めていらっしゃいませんでしたよね……って、マスター!!
ぼーっとされて! いまも聞いてませんでしたね!?』
尻尾で、腕をばしばしと叩かれる。
『とにかくですね、全てはボーフォート氏が黒幕なのです!』
セバスは鼻をふんふん鳴らす。ええと、どうしてこんなに自信があるんだろう。
「ねえ、物的証拠は? 何もないだろ、考えすぎだよ。間違ってたら失礼だし、もし本当にボーフォートが黒幕だとしても、こちらが反応しなければ絶対に飽きるって」
『本当にそうでしょうか?
このような場合、ふたつのパターンが考えられると推察致します。
ひとつはマスターが仰られるように、相手にされなくて時間が経ち、想いも薄れて飽きるパターン。
もうひとつは、振り向いてほしいのに振り向いてもらえない、悔しい思いを募らせて、更に行動を悪化させるパターン、所謂、可愛さ余って憎さ百倍、というやつです』
「セバスは、悪化させるパターンを懸念してるんだよね?
もしもそうだとしてさ。じゃあどうして今更? ボーフォートが僕に目をつけたのって、僕が大学生の頃だと考えているんだろう、時間が空きすぎじゃないの?」
『大学在学中は、マスターが目の届く範囲におられた、だからただ眺めて想いを募らせているだけでも、ある程度満足できていた。
その距離感を狂わせたもの、うーむそうですね、遠目で見て分かる、変わったことといえば……例えば、指輪、とかでしょうか』
セバスは僕の左手をじっと見つめ、首を傾げた。
『左薬指に嵌められた指輪を見て、手に入らないものだという事実と直面し暴走し始めた、とか』
「ほんとに? 指輪を嵌め始めたのって、大学三年になる前の話だよ?」
『大学三年生が始まってからは、研究室に頻繁に籠られていらっしゃったので、指輪を嵌めたお姿を認識できていなかった』
ほんとかなあ。この指輪の効果を疑う場面をつい最近体験した身としては、にわかに信じ難い。
『……かも、しれません』
「セバス」
首を振りながら名を呼ぶと、セバスがやや悲しそうな目をした。
『マスター』
「セバスチャン、ほら、おいで」
僕はセバスを誘い、膝の上に向かい合わせで座らせた。両手で顔を挟み込み、うにうにとマッサージする。
「セバス、最近みんなからとっても構われてるよね、毎日なでなでしてもらって」
『!? 良いではないですか! 通常業務は怠っておりませんし、場を和ませる愛玩動物としても申し分ない働きをしている、つまりこれはわたくしがたいっへん有能な使い魔という証拠です!』
「うん、ほんと助かってる。お陰でチームのみんなとすぐに仲良くなれた。
家事も、いつも以上に負担してもらってるだろ。そこに探偵業まで盛り込まなくても良いんだよ」
『あっ……』
「ね、様子を見よう。僕も忙しいし、いますぐ何かが起こるって確証もない」
『しかし!』
「冷静に考えてみてよ、セバスが想定している相手は魔術師だろ。犯人であっても無くても、もし目をつけられてしまったら? セバス、攻撃されてしまうかもしれないよ。とても危険だ」
『でもっ、しかしマスターが、心配で!』
「うん、分かってる、ありがとう。セバスがいてくれるから大丈夫だって、いつも思ってる」
『マスター……』
「だから、ね?」
セバスは身をぶるぶると震わせ、僕の膝から飛び降りた。
『もうっ、マスターの、直様のっ……!』
「何?」
『直様の、元々の特性なのでしょう、結局は常に周りから大事にされて、助けを得られるのです! わたくしは使い魔として、直様のその性質を嬉しく、誇りにすら思っております。
ですが、世の中そんなに甘くはありません! いつ何時何が起こるのか、分からないのですよ!?
直様がお考えを変えて下さらないのでしたら、わたくし、自分自身の出来得る限りのことを勝手にやらせていただきますからね!』
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