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What I will become 何になる?12
ふんすっと鼻息荒く、セバスは薬局方面に向かって歩き始めた。
久々の名前呼びだ。相当頭にきているのだろう。でも、別に重大なことが起こったわけでもないのに。そしてこの流れ、探偵業を続ける、ということなのだろうか。
そういえば、僕は前に、セバスが犯人を調べようかと提案してきた時に反対していたはずだ。それなのに調べているのだから、元々勝手に動いているってことだよね。勝手ができるってことは、僕の為だ、という想いがそれ程強いという証でもあるけれど。
無茶をして、逆に大変な目に合う、なんてことになって欲しくない。
僕も、荷物を持ち直してベンチを離れる。
どうしたらセバスは落ち着いてくれるだろう、と考えるのと同時に、今日の調剤の依頼はいくつ入っているのか、魔法陣の文言、十二時方向の三段目にある単語を変更したらどうか、いや、そうなると四段目が全部やり直しになるな、と思考があちらこちらに飛ぶ。
そうだ、明日ロビンに参考になる本を持っていないかどうか相談してみよう。混沌魔術は、様々な魔術や呪術を組み合わせたり、取り入れたりする流派だったはず。魔女の魔法陣とその他の魔法使いの魔力の発動方法を繋げるヒントがあるかも。
どんどん先へ行ってしまい、小さくなったセバスの背中を小走りで追いかけた。
新太の顔が見たい。何故だか、最近見ていない気がする。早く終わらせて、家に帰ろう。
「……のか? そろそろ魔力枯渇とかしねえの?」
新太が、話している。返事をしなければ、と思ったけれど口が開かない。目も開けられず、身体も全く動かないことに気づいた。
レム睡眠? 金縛りかな。自分がここまで疲れているとは知らなかった。ベッドに向かった覚えが無い。ソファに座りながら魔法陣を見直していて、そこからの記憶が無かった。
『残量約三十%、でしょうか。ただし、一般的な魔法使いの七十%から八十%程度の魔力量にはなりますので、いますぐ枯渇することはございません』
「足りてる、ってことか」
『ええ、最近のマスターの魔力を使用する業務の量を考えますと。わたくしの稼働、つまり姿を現したり、人型に変身するのにも影響は出ておりません。
ただいつもとは違い、現在は御覧の通り、ご本人の意思とは無関係に、身体が睡眠で魔力と精神力を回復させようとしております』
「そうか……卒業試験間際にも一度、似たようなことがあったよな。直が集中し過ぎて、ヤりたがる気配がしなくなったんでヤらずに様子みてたら、五日でぶっ倒れて」
『当時は実験で日々、魔力をかなり消費しておられましたので』
「あの時は、目を合わせれば俺に欲情する状態にすぐ戻っただろ。今回も、目を合わせればどうにかできると思ってたんだが……駄目だな。合わせても、ひとまずこっちを認識してない。常に上の空だ」
『直様は現状、魔法陣改良に集中し過ぎているせいでセックスを忘れて、疲れが溜まり魔力と精神力が減る、更に疲れでセックスを忘れて魔力と精神力が減り、足りなくなった魔力を補うために眠気が襲う、眠くてセックスできず、更に寝て、しかし魔力の回復量が新太様からの供給量に遠く及ばないため眠気は取れず、精神力も充分に回復しない。完全に負のスパイラル状態に陥っておられます。
図らずも、これまで疲れ知らずでいられたのは、まさしく新太様のお陰だった、ということが証明されたわけですけれども』
「まあ、直の関心が、俺以外のところに強く向けば、あの過剰な欲情が抑えられる、ってのも証明されたよな」
『アラタ、そのようなことを話していても、何の解決にもなりませんわよ。兎に角セバス、貴方がナオの隠し事をいますぐ……』
『いえいえいえいえ! いまわたくしからは、わたくしからは何も申せません!』
会話が、まるで遠くで鳴る音楽のように、はっきりと聞こえない。でも、セバスが慌ててるのは凄く伝わってきた。ああ、きっと僕のせいだ、起きたい。
なのに、身体が全然動かない。
「ましろ、セバスは直から口止めされてるんだ。本気でヤバかったら話してくれるだろ、セバスは必ずマスターの為に動く、だよな? 明日俺が、直接本人に聞くよ。
後はグラント家に連絡だな。今月の満月の集会は休ませた方が良い。魔力満タンでないと集会は厳しいだろ?」
『ええ、そうですね……』
満月、という単語が、やけにはっきりと聞こえた。同時に、胸の中に広がるざわざわとした感覚。
あれ、これって前にも感じなかったっけ? いやいや、僕は予知能力とか、無いに等しいし。予感とか予兆とか、そんなんじゃないはずだ。
でも、いつだったか誰かが話していた。「予感は信じた方が良い」と。
いや、僕、予知能力無いんだって。囚われるのは良くない。
でもそうだ、満月は魔力を持つもの全ての力が増す刻 。
『もしも何か仕掛けられるとしたら、満月の夜』
浮かんだ言葉は、セバスの声になって出たのか、僕の頭の中によぎっただけか。
いつの間にか使い魔との精神共有の繋がりの遮断が解かれ、セバスの感情が僕の胸に直接流れ込んできていた。
セバスの中にあるのは、僕を敬い、そして愛しく、大切に思う気持ち。
そして少しの苛立ちと、恐怖。
怖い? 何が。いまの、僕の状態? 僕の周りの状況? 気のせいじゃないのか、セバスの思い過ごしじゃないのか。セバスは大丈夫?
ああ、どうしよう、新太に甘えたい気持ちが出てきそう、でも、迷惑をかけたくない。重荷になりたくない。嫌われたく、ない。
いや、そういう話じゃなかったはずだ、じゃあ、何?
僕は一体、どこに迷い込んでいる?
思考が一向に纏まらない。思いついては消え、思いついては消える。
『こんなに混乱して、不安を感じていらっしゃるのに』
セバスの声が、とても悲しそうに響く。
大きい手が、優しく僕の頬を撫でた。
多分、セバスの頭も撫でている。安心、だろうか。温かい気持ちが僕の方にも流れてきた。
ふう、と息を吐いたのは、僕だったのか、セバスだったのか。
まどろみの中、僕はまた、意識を手放した。
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