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What I will become 何になる?16*

「やめ……ろ」  黒いローブのひとりが、僕の白衣に手をかけ、ボタンを外していく。僕はせめてもの抵抗としてうずくまろうとするが、左右から別のやつらに両手をしっかりと捕まえられているため、それもできない。  僕は遅すぎた。対策を考える時間もあっただろう。逆に、こちらから仕掛けることだってできたかもしれない。今回の事だけじゃない、いままで僕は一体、何をしてきたんだろう。  ボーフォートはさっき、新太のことを野犬と表現していた。  僕自身は、彼の存在にも、新太が彼を威嚇していたことも全く気づいていなかった。  そうだ。僕が気づかない間に、きっと新太はボーフォートからも、その他たくさんのものからも僕を守ってくれていたのだろう。  性的指向のこともそうだ。  考えれば、それをあげつらって罵られたのは初めてのことで、悲しみよりも驚きの方が勝った。  同性の新太を好きになった時、僕はいけないことだと思っていた。周りのみんなにばれた後、ありがたいことに、誰もそのことで僕を責めたり悪いことだと諭したりする人はいなかった。  新太がスコットランドに来てからも、かなりオープンに行動していたにもかかわらず、誰かに嫌悪感を示された覚えが全く無い。当麻家でも、受け入れてもらえたし結婚までさせてもらえた。  新太があまりにも堂々としていたので、いつの間にか、男同士だからという後ろめたい気持ちを僕自身があまり持たなくなっていた。  新太が、男の僕を、そのままの僕として愛してくれたから。  結局僕はいつも、新太に守られてばかりだったんだ。 「ボーフォート様、あの、本当にここで、悪魔召喚をされるのですか」 「何か不都合が?」 「いえ、僕の考え過ぎかもしれませんが……いくらなんでもたったひとりにこの人数は、やはりやり過ぎではないですか?」 「魔力量の多いスオウ・ナオに相対するために万全を期したいと申し出たのはお前だろう」 「いえ、はい、そうなのですがこんなに上手くいくとは思っておりませんでしたし、どうにも引っ掛かりまして……もしかして、万が一の際に、僕達に悪魔に魂を捧げる要員としての役割を」 「だったら何だというんだ、マコーリー」 「はっ、話が違います! 僕は――」  いまさら、ボーフォートとマコーリーが言い合いを始めている。  僕はその間にも、白衣を剥ぎ取られ、シャツのボタンを外され脱がされた。次はパンツのボタンに手を掛けられる。  ましろは僕がいまいる場所を知らない。きっと助けは来ない。  大丈夫。きっと何が起こっても、元に戻れる。この場を我慢して、耐えて、乗り切れば。身体が傷つけられても、悪魔召喚をされても、身体を女性化されてもきっと、どうにかできる。  命さえあれば。  そう言い聞かせても、気持ち悪さと怖さで、震えが止まらない。  身体を作り変えられる? すぐに死んじゃう? 女性になって、ボーフォートに無理矢理突っ込まれて身体の中にたくさん射精()されて……  ダメだ、きっと、僕の気持ちが元に戻れない。新太の力強い視線を、二度と見返せなくなる。  むしろ、あんな目で見てもらえなくなるかもしれない。  いままでと同じように僕から愛して、新太に愛し返してもらえる、自信が無い。  セバスが言ってたこと、すぐに信じなくてごめんって、謝る機会はあるだろうか。  予感もあった、忠告だって受けてた。なのに、不注意で。万年筆一本でこんなことになって。僕は、正真正銘のバカだ。  ごめん、新太。  いつの間にか、誰かが緑色の液体が入ったフラスコを、僕の目の前に突き出した。顎を掴まれ、きつく結んだ唇に、指が突っ込まれる。  嫌だ。僕は目を閉じた。泣きたくなんてなかったのに、涙が零れる。  新太、新太。  瞬間、どおぉぉぉん、と激しい衝突音が轟いた。同時に、僕の左腕を掴んでいた黒いローブのひとりが見えない腕に殴られたかのように、後方に吹き飛び倒れる。  部屋の中が静まり返る。誰一人動かず、喋りもしない。  廊下からひとり分の足音が聞こえ、それは次第に近づき大きくなった。  足音が、部屋の前で止まる。  こん、こん。  ノック音がやけにはっきりと響いた。 「……直、そこにいるな?」  新太だ!  僕は驚きでひゅっ、と勢いよく息を吸ってしまい、ごほごほと咳き込む。 「あっ、ごほっ、らたっ!」  新太は日本語で話しかけてきた。 「ドアの近くにいるなら離れとけ。いま、開ける」 「おい、全員ドアの前へ行け。奴が結界に跳ね飛ばされたところを狙って、一気に叩き潰す!」  新太とボーフォートの声が重なる。僕は腕を手離され、ひとり、床にへたり込んだ。黒いローブが三人、ドアに近づき杖を構える。  ボーフォートも万年筆を放り投げ、ローブから杖を取り出した。 「3」 「three」 「2」 「two」 「1」 「one」  Go、の掛け声と、がぁんっ、とドアが開け放たれるのが同時に起こる。ドアに当たってもいないのに、黒いローブのひとりがきりもみして、床にバタンと倒れた。  影が部屋に走り込む。残っていた黒いローブのふたりが状況を把握する前に腕を掴み、ひとりずつ捻って床に叩きつけた。  新太は転がった杖を回収しながら歩き、僕の前に立った。 「きっ、貴様どうやって!? 表の結界の前にはゴーレムも置かせていたはずだ!」  ゴーレム!? だからみんな、あんなに固まってたのか! 魔法か、加護のある武器でもなければ、簡単には倒せないはずだ。というか、ゴーレムって! 「ああ、あの土くれのことか? 結界と一緒にぶちのめしてやったよ、決まってんだろ」  新太は、話しながら回収した杖をぼきり、ぼきりと一本ずつ折っては床に投げ捨てていく。 「武器も持たずにか!?」 「ああ、こちとら腕っぷしだけなもんで」 「どうやって結界を」 「結界の通り抜けは十八番だし、俺なら、殴れば破れると()()()()。破壊衝動に身を任せて暴れたからかな、一発でいけた」 「殴れば、だと!?」 「あら、たっ」  ボーフォートが万年筆を手放したせいなのか、マコーリーが倒れたせいなのか。自由に動くようになった身体で、殴られた腹の痛みを堪えつつ、新太の服の裾を掴んだ。  このままだと、彼と新太の一騎打ちになる。幾重もの結界に悪魔召喚、ゴーレム。手下にやらせている部分が多いとしても、彼は魔術師として、かなり強いはずだ。いますぐここから逃げなくちゃ。  でも、新太はこちらを振り向こうとしなかった。 「直、あいつのこともこれから殴るけど、平気か? 直に影響は無い?」  ボーフォートの方を向いたまま、再度、新太が日本語で話しかけてきた。 「……うんっ、うんっ!」  僕は首を縦に振りながら、涙をぼとぼとと零してしまった。違う、すぐにでも新太と一緒に逃げなくちゃいけないのに。殴るなんて言葉が、どうしてこんなに嬉しいのだろう。 「おいっ、貴様一体何者だ!?」 「俺か?」  新太はゆっくりと、ボーフォートに向かって歩く。 「俺は、直のものだよ、ストーカー野郎」 「っ! 非魔法使いの役立たずだったはずだろう、この野良犬め! 本物の魔法がどういうものか、思い知らせてやる!」  ボーフォートは杖を前に押し出した。その仕草だけで、辺りの空気がばちばちっ、と鳴り、揺らぐ。  まずい、やっぱりこの人かなり強い!  ボーフォートが口を開くと、はじかれたように新太が斜め向こうに飛び出した。  杖の先に光が収束していく。 「Y・H・V・Hっ……!!」  新太は、拾い上げたものを素早くボーフォートに向かって投げつけた。  ボーフォートが顔面を覆い怯んだ隙に一気に間合いを詰め、左手で杖ごと彼の手を握った。 「言い終わるまでっ」 「がっ」    顎先に、がん、と右手の付け根を打ちつけ、 「待ってやる義理は」 「ぐっ」  右足を踏み込んで、がら空きになったボーフォートの腹に拳を突き入れる。身体がくの字に曲げられたところで、 「……無いっ!」  首に、手が振り下ろされた。  どさり、とボーフォート床に倒れる。  新太は彼の手に握られた杖を奪い、折って投げ捨て、更に先程自分が投げたもの――僕の万年筆だった――をもう一度、手に取る。 「直、これも折っちゃって良いか?」 「……うん」  ぼきっ、という音と共に万年筆が破壊された。  打撃で受けた傷以外の、身体にあった違和感の全てが消え去った。  終わった。全てが本当に、あっという間だった。  遠くから人の声がたくさん近づいてくる。周りに伸びた黒いローブの面々からは偶にうめき声も上がるが、誰も動く気配はない。  これで、終わったんだ。 「……ね、新太」  僕はまだ混乱していて、助けに来てくれた新太に、何と声をかければ良いのか分からなかった。 「あ、合気道って、あんな技、あったっけ?」 「もしもの時を考えて」  新太が僕の方を振り向き、投げ捨てられていた僕の白衣を拾って近づいてきた。 「魔法使いを制圧する方法、勉強してきた」 「バっ……」  バカ、と言いたかったのに、目の前にしゃがんだ新太から白衣を掛けられ、思い切り抱き締められて言葉を失くす。 「可哀想に、怖かっただろ。いいようにされて、悔しかっただろ」 「……っ」  そうか、僕、悔しかったんだ。だから、殴るって言われて嬉しかったんだ。  僕の背中を擦り、囁く新太の声が優しすぎて、僕は大声を上げて泣いてしまった。

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