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What I will become 何になる?17

「掌底に、正拳突き、仕上げが手刀!?」 「あーっはっはっはっは! とんでもないな!」  いつも穏やかなダニエルが、大口を開けて馬鹿笑いしている。初めて見た。 「マジやばい、ちょーやばいよこの人!」 「ほんっと、流石としか言いようがないわね!」 「アラタ、カラテも習ってたわけ!?」 「いや、きちんと習ってはいないな。あと、方法は特に空手や合気道に限ってない、とにかく魔法を発動される前に、魔法使いを完全にノックアウトできる方法を研究してたんだ。毎年夏、日本にいる間、魔法云々の話は抜きで斉藤に「例えば相手が魔法使いだったらって想定で」って相談して。  スコットランド(こっち)では毎朝、ランニングコースの途中にある公園で動きを反復練習してた」  なるほど、新太、ランニングの他にやることがあったからいつも僕より先に出てたのか。 「因みに一連の流れの型は六つまで考えてある」 「いやあ、魔法使いにとってはかなり恐ろしい相手だよな」  ダニーはにやにやが止まらないらしく、しきりに顎に手を当て、撫でている。 「国際魔法警備、やっぱり紹介できるわよアラタ。初の非魔法使い警備員。キョウイチロウから話を通してもらえば一発で採用だわ」 「ん? どうしてそこで恭一郎さんが」 「ね、前から思ってたけどさ、アラタの「勉強してきた」ってやっぱどっかぶっ飛んでるよ」 「私もそう思うわ」 「日本の料理美味しい、ってカヴンのみんなが言ったからって、日本料理? ショージンリョーリ?」 「マグロの解体ショーとかね」 「マグロパーティー! あれほんっと楽しかったし美味しかった! キョウイチローから冷凍ででっかい荷物届いた時は何事かと思った! しかもアラタ、でっかいカタナぶん回すし」 「あれはやり過ぎよねえ! 面白かったけど」 「や、あれは刀じゃねえし包丁だし振り回してもないし、つか食い物の話になってるぞ」  新太がうんざりしたように呟く。  あの後新太は、セバスとましろが呼んできた局内の当直メッセンジャーに後処理の全てを任せ、僕を車に乗せて真っ直ぐ、グラント家へ連れてきた。  呪いの媒介となった万年筆と呪いをかけられた僕を、ダイアナに診てもらうためだった。辿り着いた時には深夜を回っていたけれど、グラント家のみんなは総出で待ってくれていた。  いまは明け方近くでみんな、徹夜っぽくなってきてる。ハイテンションになるのは仕方ない。でも、僕の無事を確認した後の、みんなでリビングのソファに座ってからのこの緩みようったら! 「ねえちょっとみんな、笑い話じゃないんだよ!? 新太も、素手で殴るとか、バッカじゃないの!?」  一旦落ち着くと、僕は新太の行動に対して怒りが湧いてきていた。 「魔法使いなら詠唱に時間がかかる、対処するには物理攻撃の方が早いだろう?」 「魔法の発動方法は色んなやり方があるんだ! 事前に準備していれば一言で事足りることだってある、場合によっては杖を一振りするだけで済むことだってあるんだよ!? もしボーフォートがそういう類の魔術を使えていたら」 「だからふいうちを狙ったんだ。それに俺は、殴って間に合うと確信してた」 「もしもっ……」  喉がぺたんと張りつくようだ。本当にとんでもないのは、新太の思い込みの激しさだ。 「もしも間に合ってなかったら? もしも強力な魔法をかけられて、一瞬で命が奪われてたら? 相手は悪魔召喚なんかするような奴だったんだよ?  新太が、新太がいま隣にいなかったら……そんなことになってたら僕、僕、もうっ」  また、涙が溢れ出す。僕は自分の膝に両手を置いておでこを載せ、しくしくと泣いた。もうダメ、止まらない。  背中に大きく熱い掌が置かれるのを感じたけれど、んなもん知るか! 「ナオ、ナオ。お前だって今回の一件、甘く見ていたじゃないか。もう少し早めに対策を取っていれば、そもそも新太が無茶をすることも無かったんじゃないのかい? え?」  僕はぐっ、と言葉に詰まる。 「ダイアナ、あまり直を責めないでやってくれ。色々重なってて、直も大変だったんだ」 「はああ、分かった分かった。ほんとにお前は、ナオに甘いねえ」  ダイアナの大きなため息が聞こえた。 「兎に角、落ち着いて考えてみなさい、ナオ。アラタは丸腰でゴーレムを破壊して、魔術師の結界まで破ってみせたんだろう? しかもご丁寧に全員の杖を折って捨てるわ、呪いの道具を素手で破壊するわ……どう考えても、並みの魔法使いの一発如きで死ぬとは思えん。皆、それが分かっているんだよ。  お前だって、冷静になればそれくらい理解できるはずだ。  異常なほどの魔法耐性に、魔法の実現率の高さ、妖精達との親和性。  やはりアラタ、お前はすでに祝福されてるんだよ、“女神”にね。妖精は、古い神々が変化したものとも言うしねえ。  ああ、ナオがどうこう、って話じゃないよ。ほら、変な顔をしなさんな」  女神、と聞いて自分のことかと思い顔を上げたら即否定された。ていうか、変な顔って。 「簡単に言うとだね、魔女宗(ウィッチクラフト )は用途によって女神や男神の名を使い分けるが、わたしがいま話している“女神”とは、多くの女神、男神を通して到る、ひとつの真理を指す。  ……理解し辛かったらすまないね、この表現で合っているのか、わたしも未だに上手く理解できていないんだよ。とにかく新太は、魔女にこの上なく適しているわけだが」 「ダイアナ、話の途中でごめん」  新太が僕の背中から手を離し、自分の太腿に両手を揃え、頭を下げた。 「ダイアナ、パティ、ダニー、スー。やっぱお願いだ、協力してくれ」 「おや、いまその話をするのかい」 「ああ、いまがその時だと思う」 「え、やるの? ねえ、マジでやるの?」 「でも……」 「ふむ」  グラント家の面々が、互いに顔を見合わせる。 「いまの俺達の繋がりには限界がある。俺は、直に危機があればすぐに駆けつけたい。万が一のことがあれば、俺が身代わりになりたい。  とにかく直を守れる存在になりたい。だから、儀式をして欲しい」 「え、待って、儀式って?」 「ナオ、まず前提としてだが」  僕だけが知らない話らしかった。グラント一家は全員、僕を見ている。新太に尋ねる僕を見て、ダイアナが身を乗り出してきた。 「私たちの儀式でお前たちが交わしたハンドファスティングは、魔法というよりも誓いだ。女神、男神に誓いを立て祝福を頂くものだ。  それからアラタとキョウイチロウの間に交わされた契約。これも同じようなものだ、幸せを願う、祝福のようなもの。  ナオ、アラタはより強い契約を欲している」  より強い契約、と呟く僕に、ダイアナはそうだよ、と頷いた。 「さて、新太がマシロとの精神共有の件で手こずっていたのは知っているね? わたしが、アラタに合った方法が分からない、真の師匠になり得る存在を見かけない、と話していたのを憶えているかい?」  僕は首を縦に振った。憶えている。ダイアナに、新太とましろの精神共有の件で相談をして、ダイアナが新太を指導し始めて数か月が過ぎた頃のことだ。ダイアナとましろだけが、その“真の師匠”がどういう存在なのかを理解し合っている風だったのが、少し気になっていた。 『騎士ですわ』  ましろが、いつの間にか新太の膝の上に現れていた。青味がかった薄い赤色の目が、僕を真っ直ぐ見上げる。 『魔女の騎士です、ナオ。アラタは、魔女の騎士にこそ相応しい』 「つまり儀式とは、騎士を、魔女の騎士とならしめる契約の儀式のことだ」 「魔女の、騎士……」  全く聞いたことが無い。 「そう、魔女の騎士。  それは昔、自ら仕える相手を領主や君主から魔女に代え、契約し、その力を領民や地域を守るために費やした騎士のことだという。  一神教が魔女や魔法を否定し弾圧した時代、それでも魔法を信じた領主や君主から雇われた魔女を守るため、遣わされた騎士、というのもいたらしい。  他には、強さを求めるあまり諸侯に仕えることを辞し、魔女と契約して共に旅をして名を上げた、という輩もいたようだ。  散逸したバラッド、話会(カイリー)やサバトで行われる朗読劇なんかで伝わった昔ばなしを収集している大学の研究室は複数あるが、その中でも、ロンドンにある魔法大学文学部古書研究室が、魔女の騎士について研究している。  魔女の騎士に関係があると解釈できる話で収集できたものは、いまのところ数が少ない。きちんと公表もされていないしね。普通の魔法使いが知る話ではないよ」  だから、僕が知らなくても当然というわけか。 「わたしは以前から、バラッドや昔ばなしの収集の協力を要請されていたんだ。魔女の騎士の話もね。  アラタを初めて見た時、魔女の騎士の話と共に、古書研究室のことも思い出した。  いつか機会があれば、研究室の奴らとアラタを引き合わせてやろうと思っていた。アラタが、これからの生き方を決める参考になればと思ってね。べルテインに新太が来たのは偶然だったが、タイミングよく、彼らも来ていたから紹介したのさ。  でだ。これは新太を紹介した後に告げられたことだが……古書研究室の奴らは既に、魔女の騎士となる契約の魔法陣を、断片的ではあるが発見していたそうだ。そもそもは、この発見を発端として魔女の騎士というものの存在が実際にあったのかどうかの裏付けのために、昔ばなしを収集していたらしい。  契約の魔法陣は現在、細かい修正を加えれば実際に発動できる状態にまで修復されている。  わたしも魔法陣とその内容を確認させてもらった。  魔女と騎士を結ぶのは、互いを強く信じる心。戦いが身近にある時代だ、死さえも覚悟の上での契約だっただろう。愛情も、あったのかもしれないねえ」  すなわち、とダイアナは背筋を伸ばし、椅子に座り直した。 「同じ時間を過ごし、魔女が死ねば騎士も死ぬ、逆は無い。魔女の受ける傷は騎士が全て引き受ける、逆は無い。騎士が、魔女の負うべき負を全て引き受けるんだよ。  その代わり騎士は、魔女の危機に対して駆けつけるのに、ありとあらゆる状況が味方してくれるよう仕向けられる。例えば、恐らくだが、ベルテインの時、お小さい方々(ウィー・フォーク)たちが手を貸してくれたようにね。  お小さい方々(ウィー・フォーク)の協力については、新太の場合、契約を経なくても女神の祝福によって可能になっているとみて良い。逆に、既にアラタは魔女の騎士に近い存在だと言っても過言ではないだろう。  古書研究室は、アラタの起こしたことを目の当たりにして、アラタならば魔女の騎士の契約を成してくれるのではないかと考えた。そして契約の再現を提案してきたのさ。    さて、魔女と騎士の契約は使い魔との契約にも似ているが、魔女の代わりに傷を負うのはこの契約独特のもの。それから、使い魔との間には意思疎通のパイプのようなものができるが、同じ現象が魔女と騎士の間に起こるかどうかは判っていない。危機的状況で呼びかけることが出来ていたのではないかと思われる話は残っているみたいだがね。  いかんせん、誰も本物を見たことはない。実際に契約してみて、何が起こるのかは誰も知らないんだ」  心臓が激しく鳴る。僕の動揺を知ってか知らずか、ダイアナは新太の方に向き直る。 「アラタ、再度問おう。魔法大学の古書研究室がお前に契約を結ばせたいのは、魔女の騎士の契約者がどういうものなのかを研究するためだ。生きている間は、常に観察の対象となるだろう。  そしてナオが先に死んだ場合、お前の寿命はナオとほぼ同時に尽きることが予測される。  そしてお前が死んだ後、これはお前がナオより早く死んだ場合でも当てはまることだ、お前の身体は大学挙げての研究材料にされちまう。それが向こうの提示してきた対価だからね。覚悟は出来たのかい?」 「出来た。想像もしたく無いが」  新太は、とても落ち着いた声で言葉を返す。 「直のいない世界は、俺が死んだ世界だ。直のいる世界だけが、俺の生きる場所だ。直とほぼ同じに尽きて、全く構わない。むしろ、共に果てたい」 「あ、新太……」  止めたい。なのに声が震える。 「被検体として、切り刻んで、あっちこっちに持って行ってもらって構わない。死んだ後のことだからな。ただ、最期の最期、直と同じ墓に入れてもらえたら嬉しい」 「新太!」  僕は、新太の腕を掴み、頭を振った。 「嫌だ、そんなの絶対に嫌だ! 新太にそんな酷いこと、させられない! いままで以上に新太に負担を強いるなんて、できない!」 「直、負担なんかじゃない。いままでのことも全部、負担だと思ったことは一度も無い」 「でも、僕はっ」  想像していた。  ひばりさんのおばあちゃん、ツルさんみたいに。もし僕が先に死んでも、僕の想いが、願いが、魔法がその後生きていく新太を守ってくれるなら本望だし、幸せだと思っていた。新太を、死んだ後も守りたかった。  なのに、まさか道連れにしてしまうだなんて! 「僕は、新太と愛し合いたいと思った、ずっと一緒にいたいと望んだ。でも新太の人生全てを縛りたいわけじゃない! 新太の寿命を、僕の寿命に伴わせるだなんて、そんな酷いことできない!!」 『ナオ、ナオ。私からひとつだけ、聞いて下さいまし』  ましろが、僕の膝の上に乗ってきて、前足を胸の辺りにとん、と置いた。 『私はかつて、魔女とその騎士に出会ったことがあるのです。  私が出会った方々は、どの方もとても幸せそうでしたわ。どんな運命が待ち受けていようとも、皆様、自らの命を全うされました。  ひとりではなく、とても強い絆で結ばれたふたりで、です』 「会ったこと、あるんだ」 『ええ』  ましろが会ったというならば、本当にいたのだろう。魔女と、魔女の騎士が。実際に、結ぶことが可能な契約なのだ。 「……その人達は、幸せに見えたんだね」 『ええ間違いなく。ですから、酷いことなどではありませんわ』  僕は、ソファに深々と腰掛け、目を閉じた。  この数十時間の内に色々あり過ぎた。もう、いっぱいいっぱいだった。

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