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Secret rites 秘儀1※
ああ、くそったれ。
『熾 せ熾せ、竈 の火』
「んっぐ、んんん、あっ、いっ……!!」
俺の膝の上に素っ裸で跨がる直が、頭を激しく振り汗の雫を辺りに飛ばす。上半身は、腰から額に至るまで、力が入っているせいだろう、真っ赤だ。
俺は右手で、直の腰に魔法陣を描いた不燃紙を宛がっていた。頭を振った反動で不燃紙がずれそうになり、もう一方の手をずらして身体を支え直す。
『この手は永い印を求めん』
「はっ、ん、んんんんっ!」
直が、俺の肩を両手で力一杯掴む。直の指が服越しに、思い切り食い込む。
『燃やせ燃やせ、竈の火』
「あっ、あああ! ぐうううっ」
直の背中が跳ね、涙がぼろぼろと零れ落ちる。
ハーブ独特の匂いが充満する部屋の中、直は自分の皮膚が焼かれる痛みに耐えていた。
直には悪いが、痛みに耐える姿は正直、めちゃくちゃエロい。しかも、ハーブの匂いがかなりきついはずなのに、距離が近いせいか、はたまた大量の汗をかいているせいか、直の甘い香りが濃厚に漂い俺の鼻を刺激する。
俺はこれまでずっと、もし直が痛がって泣いてたら絶対萎えて、エッチなど出来ないだろうと思っていた。だから、直が痛がりそうなことは極力避けてきた。
いやー、不思議なもんだな。全っ然、余裕で勃つ。
むしろパンツきつ過ぎなくらい成長してて痛い。直が自分の尻の真下で起きている出来事に全く気づいていないのが救いだ。
こんな状況で勃つとか、ただの変態だもんな。
直は、俺との話し合いの後、グラント家の書斎に閉じ籠った。
約二時間後、俺の待つリビングに現れた直は、俺を伴い、ダイアナの寝室へ向かった。ダイアナは、直がドアをノックする前に部屋から出てきた。
「何を企んでるんだい? 首のあたりがむずむずして、眠れないよ」
直が静かに、とジェスチャーする。そして顔を見合わせた俺とダイアナを、書斎へ誘った。
「僕自身の身体に、魔法陣を施したいんだ」
書斎には書斎机と椅子一脚しかない。もちろんダイアナに座ってもらい、俺達は立ったままだ。
直は、魔法陣を描いた手のひらサイズの紙を机の上に置いた。
「魔法発動の時間を短縮したい、そして確実に魔法を行使したい。
魔法陣を身体に描いておけば、まず陣を準備する手間が省ける。外に晒されていないから、魔法陣を破壊されるリスクも減るでしょ、その分、魔法の成功率も上がる。
後は、普段から詠いをある程度、先にしておく。それで発動直前の詠いは短くできる」
「ふうむ、あれか。なるほどねえ……」
「待ってくれ、俺は全然なるほどになってねえよ。直自身に魔法陣を施すって、どういうことだ? 具体的に何をする?」
「アラタ、焼き印を入れること は知ってるかい?」
「ブランディング? ing、ブランド……バッグとか、財布とかの?」
「はあ、ダメだねこりゃ」
「ええとね、刺青? は、ちょっと違くて」
刺青? おいおい、物騒な単語が出てきたぞ。
「あ! そうだ、タバコ!」
「タバコ」
「うん! 火がついたタバコを身体に押しつける、あんな感じ!」
「はあ!? んじゃ、焼けてる魔法陣を直の肌に、押しつけるってことか!?」
「うんそう、そんな感じ!」
絶対痛いし、そもそも直の綺麗な肌に傷をつけるなど言語道断だ。
しかしどうやら直は、とんでもない話の内容よりも、俺に意味が通じた喜びの方が勝ったらしい。すげー笑顔で、首を何度も縦に振る。
「実は恭一郎さん、樫の木との契約とは別に、魔法陣の焼き印も持ってるんだ。
国際魔法警備の仕事中は、咄嗟のことにも対応できないと難しいでしょ? 魔法具を破壊されることもあるし。
魔女の魔法は、直接魔法陣に身体を触れて発動させたり、魔法具、つまり杖や短剣を使い魔法の向きをコントロールして発動させたりする。でも、訓練次第では道具を破壊されても魔法陣さえあれば魔法を発動できるようになるんだ。簡素なものなら、魔法陣が無くても発動できるものもあるけど、あまり戦闘向きではないからそれは横に置いといて。
とにかく、魔法陣さえ残っていれば何とかなる。
ただ、肌に焼きつける場合、陣を完全に閉じた状態で焼くから詠いをしなくても少しずつ魔力が消費される。持ってるだけで魔力が枯渇する可能性がある。だから、一般的な方法じゃないし試されもしないんだ。
恭一郎さんは契約のお陰で魔力量を高く維持できる。僕の魔力量は、ほら、新太がいつも、してくれるから、ね?」
直が少し頬を赤らめた。うん、大変可愛らしいけれども。
「いやいや待ってくれ、直。いろいろ突っ込みたいところだが……恭一郎さんってやっぱ、国際魔法警備の社員なのか? もしかして、『森と結界の守護者』の皆も?」
直は、きょとんとした顔で首を傾げた。
「あれ、言ってなかったっけ? 『森と結界の守護者』所属の人は、みんな国際魔法警備だよ?
恭一郎さん、いまは日本支部の警備部長だったはず。SPの仕事、要請があれば二十四時間いつでも動かないとだから、すっごく忙しいって」
「あー、何となくそういう系統なんだろうな、とは思ってたが……この前もちらっと、話題が出たしな。
しかし俺、いま初めて言葉にして教えてもらえたよ。こっちの人達は、俺が知ってると思ってたんだな、きっと」
「え、そうだったの!? 日本にいる時、恭一郎さん達に確かめなかったの?」
「あまり深入りするな、って言われてたからな」
「あ、そっか。新太、日本にいる時は非魔法使いとして扱われてたってことかな。それで“深入りするな”って言ってたんだね」
「そういうことなんだろうなーと思って空気読んで、突っ込んで聞かなかった」
つか俺、結構な戦闘集団の皆様にお世話になってたってことなのか。んな感じ、全然しなかったけど。
「話を戻すよ。
というわけで僕、恭一郎さんの件で身体に魔法陣を施す術がある、ってことは知ってたんだ。ただ、焼きつける方法自体は、自分で見つけろって言われてた。あれから色々学んだお陰で大体の原理は予測できてたし、実際、もう作れた」
直は、魔法陣を描いた紙を指し示した。その紙は、ダイアナの手の中にあった。ダイアナは、俺達が話している間ずっと魔法陣を眺めていたらしい。いや、眺めるというよりも読んでるのか。
「どう、ダイアナ?」
「ああうん、まあ、これならいけるだろう、恐らく」
「恐らく?」
「焼き印については、わたしは詳しくないんでね」
「『森の守り手』では扱ってないのか?」
ああ、とダイアナが頷いた。
「焼き印を用いるのは、わたしの知る限り『森と結界の守護者』だけだね。『森の守り手』ではやらない。他で繋がっているカヴンからも、このようなものを使っていると聞いたことは無い。
我々は、性急に事を成す必要が無かったんだよ。
『森の守り手』は昔から、狩猟を主な生業としてきた。狩りは事前の準備が肝要。逆に言えば、狩りが始まる前にほぼ全てが終わっているのさ。
キョウイチロウは元々、魔女宗 ではなかった。事情と縁があり、魔女になる道を選んだ。
更に、詳しい事情は聞いていないが、あの子は攻撃系の魔法に対処する方法を急いで身につける必要があった。焼き印は、『森の守り手』での修行を終え、日本に帰国して『森と結界の守護者』を立ち上げた後、彼らの中で作り上げたんだよ。これは国際魔法警備の日本支部が設置される前の話だ」
へえ、と直が声を上げた。直でも知らないことがあったらしい。
「そうさねえ、私から他に言えることは、この術は魔女術よりも呪術に近いってことかね。半永久的に焼きつけた印を保たせようってんだから。
もうひとつ。キョウイチロウが焼き印の儀式を行った当時、わたしはプリースティスだった。カヴンの長として、形式的に『森の守り手』から報告を貰ったんだ。だがしかし、これは密儀レベルの術だ。『森と結界の守護者』メンバーとわたし、そのくらいしかこの術が存在することを知らない。誰彼構わず言ってはならないんだよ。さて、どうしてだ?」
「魔法発動の速さを警戒されたり、先に身体に焼いた魔法陣を破壊されたりする可能性が高まるから?」
直の返答に、ダイアナが大きく頷いた。
「そうだ。だからこの話はわたしら三人の中だけで留める。そして実際に使う場合も、魔法陣が身体にあることを悟られてはならないよ。知られるリスクは少しでも排除しなければ。
ところでナオ、焼き印の儀式はいつやるんだい?」
「魔女の騎士の契約の日取り次第かな……あ、まさか!」
「おや、ようやく気づいたか」
「そうか、契約した後なら俺が痛みを引き受けられるのか」
肌は焼かれてしまうかもしれないが、少なくとも直が痛がる姿を見ずに済むのだからまだましかもしれない。
「んじゃ、やるなら契約が終わった後だな」
「まあ、魔女が自ら発生させた痛みを騎士が引き受けられるのかは、やってみなくては分からないがね。それから、魔女の騎士の契約については、他の要因を排除したいと言っていたから、恐らくハロウィン以降の満月の夜に儀式を行うだろう」
「それはダメ、ぜっっっったい、ダメ!!」
直が、頷き合う俺とダイアナの間で手をぶんぶんと振った。
「しー、声が大きいよナオ! みんなが起きちまう」
「絶っ対、ダメだからね新太! 僕が背負いたいものなんだから、痛みだって新太には渡さない。これは僕の我儘だよ? 僕だって新太の我儘を聞いてあげるんだから、僕のだってもちろん、聞いてくれるよね?」
直が俺に詰め寄り、下から軽く睨んできた。あいたたた、俺が言った言葉をそっくり返されてしまった。
「聞いてくれなきゃ、新太の儀式も、やってあげないかもだよ?」
俺は、んーと唸った。
同意してしまうと、直をかなりの激痛に晒すことになるのだろう。肌には一生涯の傷、ではなく魔法陣を残して。
そういや「魔女との取り引きは、恐ろしいものだと相場が決まっている」って、恭一郎さんが言ってた事あったな。
確かにこれは、ある意味恐ろしい。
「……条件を呑んでくれたら、同意する」
「条件?」
「その前に確認したい。焼きつける時の儀式って、小難しい技術とか必要?」
「ううん、全然。もの凄く単純。不燃紙に焼きつけたい魔法陣を描いてからそれを肌に当てて、後は詠うだけなんだ。
焼きつける作業に魔法陣の内容は関係ないから、どれだけ複雑な魔法陣を焼きつけようと詠いに変化はない。詠いは簡単で単純なものだよ。焼きつけ終えるまで、とにかく同じフレーズを繰り返す」
直が少しでも痛みに耐えられるよう、俺が出来ること。いまの俺が考え得る、俺が可能なこと。
「俺が詠う」
「え?」
「俺が詠いをやる。痛いと、詠いに集中できないだろ? それに、痛いときには痛ぇ、って声に出した方が、気が紛れるかもだし」
大した慰めにもならないかもしれない。でも、少しでも直を楽にしてあげられるなら。
「ふむ、それは良い考えだ、ナオ。痛みで詠いが中途半端になれば、また最初からやり直すことになる。苦痛も時間も、更に増すだろう。
そうさねえ、最悪、わたしが出張ることになるかと戦々恐々としていたが」
「戦々恐々?」
「この老婆に、痛みで暴れるかもしれない若造の相手をしろと?」
直が痛みで暴れる? 想像もつかない。暴れないとやってられないくらい痛いってことだろうか。
「アラタ、お前ならナオが暴れても抑え込めるだろう。いやあ、これで一安心だ! 万が一ナオが痛みで不機嫌になっても、お前なら上手くあやせるだろうしねえ」
「直、痛いと不機嫌になるのか?」
「ああ。こっちに来た当初、実験に失敗して怪我をするとすーぐへそを曲げて自分の部屋に籠って……」
「ちょ、その話は止めて!」
「おっと、厄介払いとは思わないでおくれよ。魔法陣の存在だけじゃない、焼きつける儀式自体、知っている人間は極力少ない方が良いんだよ」
「ダイアナ、さっきから本音がちらちら漏れてないか」
「とにかく」
ダイアナは立ち上がり、ぽん、と俺の両肩に手を置いた。
「チェックはしてやるから。お前に全部、任せたよ」
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