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Secret rites 秘儀3

 二つ目の焼き印を入れた後、なし崩し的に本格的なセックスへ移行した僕達は、三つ目の焼き印を入れた際にも全く同じ流れでヤってしまったため、グラント家を訪れる時間が確保できたのは次の週末だった。  書斎にいるのは僕、新太、ダイアナ。  僕は、立った状態で上半身裸になり、パンツを下着ごとずらして全ての焼き印を晒していた。ダイアナが、僕の焼き印ひとつひとつに手を置き、チェックする。  三つ全ての確認を終えたダイアナが、僕の胸に掌を当てたまま、突然くっくっくと笑い始めた。 「おっ、お前達は、全く! 老婆に何視せてるんだか」 「え、まさか、ちょ、勝手に視ないでよダイアナ!」  僕はパンツの上を握りしめ、ダイアナの手から逃れるように後ずさった。 「視たんじゃなく視えたんだよ、不可抗力だ! まさか、性魔術でもない儀式の最中にヤっちまうとはねえ! とんでもない子達だ……成功しているからまあ、文句は言わないよ。  しかし、仲が良いのは良いことだがねえ、全然衰えないのもどうかと思うよ」 「衰えないのは良いことだろ」 「ほれ、もう服を着なさい、ナオ」  新太の呟きはスルーされた。僕は笑いつつ、身支度を整える。 「さて、再来週の満月の夜はいよいよ魔女の騎士の契約の儀式だ。平日の夜だからね。仕事方面の手配は済んだかい?」 「うん、薬局には休みの届けを出しておいた。プロジェクトチームと、調剤チームのみんなにも休むと伝えてる」  魔女の密儀に関するものだから、詳しい事情は説明していない。でも、重要な儀式だということは何となく伝わったらしい。突っ込んで聞いてくる人は、ロビンだけだった。  ロビンは学生の頃から、魔術に関することになると、空気を読むというスキルが皆無になる。相変わらずぐいぐい聞いてくるので、追及からどう逃れようかと四苦八苦した。  いや、あれは僕の事を心配していたのかな。最終的に、とにかく新太も一緒だからと説明してやっと解放してもらえたのだった。 「ナオ、お前は儀式の前日からグラント家に来る必要がある。今回の魔法陣は特に、発動させる魔女自ら描かなくてはならないからね。あの魔法陣は大規模でかなり複雑だ。描き切るのに時間をかなり要するだろう」 「分かってるって。休みは前日と当日、翌日の合わせて三日間で取ってるから心配しないで」 「ふむ、よろしい。で、アラタ、お前はどうする? 当日と翌日だけ来るかい?」  「あ? あー……うん。直は三日間、ずっとこっちってことだろ? 泊りがけだよな」 「うん、そうなるね」 「だったら俺も、大学に連絡して三日間休む」  新太の歯切れが何となく悪い。どうかした? と訊ねる前に、新太の方がダイアナに問いかけた。 「研究室の人達もここに泊まるのか?」 「いや、エディンバラ内のホテルに泊まると言っていた。ナオの描く魔法陣の監督と記録用の機材の搬入をしに彼らも前日入りするが、それ以外でここにいる必要は無いからね。三日目の朝、儀式が終了したらすぐにロンドンへ戻るらしい。  どうしてだい?」 「いや、儀式前日にも直とセックスしたいんだけど知らない奴らがいると直がイき辛いかなと思って」 「全くお前はまたそれかい!!」 「新太、ぶっちゃけすぎだよ!」 「あ? あー、あれ、俺いまなんつってた?」 「えー? ちょっと新太、大丈夫?」 「大方、衰えないのは良いことだのなんだのを言いたかっただけだろう?」 「あ、うん、それそれ」 「なんだい、おざなりだねえ」  新太が、僕を横から抱き締めてきた。しかも僕の肩に頭をぐりぐりと押しつける。珍しい、新太が甘えたさんになっている。  ダイアナの前だからとても恥ずかしいのだけれど、珍しいので、僕はされるがままになってみた。 「はあ、お前達疲れてるのかい? 確かに、焼き印の儀式でかなり消耗しただろうからねえ、仕方ないか。  今日はもうお帰り、用件は済んだ。そして今夜はセックスを自重しなさい。直の魔力は充分満たされている。一晩魔力供給しなくとも問題は無い。偶には身体をゆっくり休ませることも必要だ」  とは言われたものの、グラント家を追い出されフラットに辿り着いた僕達は、玄関先で新太が求めてきて繋がり、シャワーを浴びながら繋がり、ベッドに移動して更に繋がった。  ベッドでの新太はかなりしつこくてねちっこかった。あまりにも長すぎて、僕は途中で逃げ腰になったけれど、もちろん、全く抜いても離してももらえなかった。  複雑かつ線の量がかなり多めな直径三メートル程の魔法陣の中、僕と新太は互いに裸のまま、向かい合って立つ。  場所は、ハンドファスティングを行った森の中の空き地だ。  満月の光で、新太の鍛え上げられた肉体が露になる。僕は、沸き上がりそうになる欲情をぐっと抑えた。  魔法陣の縁からかなり離れた場所に撮影用カメラと録音用マイク、簡易机、机の上にモニターが設置された。ダイアナと、古書研究室の研究員三名がモニターの前に座り、僕達を監視している。  新太が僕の魔法陣を刻んだ胸の辺りを指先でそっとなぞり、掌を置いた。新太の手がとても冷たく感じる。  僕の肌につけた焼き印は、魔法薬局特製ファンデーションテープで隠している。見た目で判別できるだけではなく、魔力の残滓を認識される可能性もあるからだ。研究員に間近で目視されないよう、立ち回りにはかなり気を配った。映像でも、厳密に解析しない限りテープを貼っていることはバレないだろう。昨夜、研究員がホテルに引き上げた後、ダイアナと新太と共に確認した。  まさか、儀式で全裸を強要されるとは思っていなかった。  前日、研究員から言われた時は全力で拒否した。焼き印を見られたらまずいのもあるけれど、素っ裸で儀式なんて、結局いままで一度もやったことが無かった。純粋にめちゃくちゃ恥ずかしいし、映像に残すとか有り得なさ過ぎてほんと辛い。あと、真冬の夜なのでかなり寒い。  でも、「失敗する要因になりそうなものは極力排除すべき」と研究員に詰め寄られ、最終的に、条件を出すことで何とか折り合いをつけた。  時間ギリギリまで儀式用のワンピースを着用し、陣の上で新太と僕の身体を向い合せた後で全て脱ぐ、脱いだものはセバスが運び、絶対に裸になった僕達には近づかない。また局部が映らない一方向からのみで撮影をする、というものだ。  僕だって、新太が僕のために決断してくれたものを失敗したくはない。  僕は、胸に当てられた新太の手に、自分の手を重ねる。  魔法薬局で襲われた時、僕は全く抵抗できなかった。  呪いをかけられて操られ、何も出来ずに新太に助けられて。  凄く嬉しかった反面、悔しかった。相手に対しても、新太に対してもだ。一方的に助けられるなんて、やっぱり嫌だ。僕も、新太と同じくらい強くなりたい、僕だって新太を守りたい。もう二度と、理不尽に屈しない。  だから僕は僕自身の為に、そして僕に縛られる選択をした新太の為に、魔法陣を焼きつけた。  魔法使い同士の戦いでものをいうのはスピードと威力だと思う。  別に何か、戦いが待っているわけじゃ無い。  でも、新太が僕の万一を想い、強くなることを選択してくれたから。守ると誓ってくれたから。  だから僕は、その気持ちに報いたい。生き延びるための力を手に入れたい。  そうして僕の儀式は成った。次は僕が詠い、新太が負う番だ。  新太は、屋敷を出発した時から一度も口を利いていない。ダイアナや研究員達から説明を受ける段階になっても、頷くだけだった。  僕の胸の上に置かれた新太の手も、なかなか温まらなかった。緊張しているのかもしれない。 「新太、始めるよ。良い?」  そろそろ時間だ。新太はこくりと頷き、僕から手を離した。今度は僕が、新太の胸に右の掌をぴったりとつけた。  息を肺の奥深くにまで吸い込む。魔法陣の一番外側の線に、光が走った。 『古き神々  古き聖霊よ  我は魔女、周央直  これより眼前の騎士、周央新太との  魂  肉体  ありとあらゆる存在をかけた契約を結ぶ  古き神々  古き聖霊よ  我は魔女  眼前の騎士との  魂  肉体  ありとあらゆる存在をかけた誓いを立てる  ――――』  僕は詩を徐々に変化させながら、編み物を編むように詠い紡ぐ。そうすることで、魔法陣の複雑な線一本一本に光を灯していくのだ。全てに光が灯ったら、契約が成る。  終わりは恐らく日の出辺りだ。  夜通し、繰り返し、繰り返し。  反復して、詠いを昇華させる。  ぱあっ、と周りが強く煌めき、その刺激で意識を取り戻す。  全ての詠いが終わったことを感覚で悟った。急速に魔法陣が光を失くす。でも、暗くはならない。僕達は日の明るさの中に立つ。  いつの間にか、夜が明けていた。 「……お、直」 「――ん」 「大丈夫か、直。疲れてないか?」 「うん、全然。詠い始めからいままで、スキップしたみたい。たぶん僕、トランス状態だったんだと、思、う」  少し立ち眩みがした。新太が咄嗟に、僕の両肩を掴んで支えてくれる。  じわじわと、自分の中にはなかった気持ちが沸き上がってきた。凄く切なくて苦しくて、堪らず両手で胸を押さえる。これって何だろう。  新太が、僕を見つめていた。 「あ、新太、もしかしてこの切ないのって、新太の気持ち?」 「ああ、そうだよ。愛しい、可愛い、って気持ちも入ってるだろ」 「っ、うん、感じる」  かっと顔が熱くなり、目を背けた。でも、無駄だった。新太の気持ちが直接僕の中に流れ込んでくる。動悸が激しくなった。  新太は左手で僕の右手首を掴み、引き寄せて儀式の時と同じように、自分の胸に僕の掌をつけさせた。 「なあ、俺の中身、変わってないか? 俺、変わってないよな、何にも、変わってねえよな?」 「……うん、いつも通りの新太だよ。新太は、何も変わってない。肉体も、精神も、何もかも新太のままだ。少し不思議なことが、つけ加わったってだけ」  はは、と笑う新太の瞳から一粒、雫が落ちた。胸の中に安堵が広がる。そっか、不安も入っていたんだ。苦しさが少しだけ、抜けた気がした。 「俺さ、自分で選んだ道なのに、ちょっと怖くなってたんだ。  もしも、俺の中にある直に対する想いが儀式で変わっちまったら、どうしようって。俺の身体が、感情が、全てが変わるんじゃないかって。  強くなりたいと思った、なりたい自分があって、そこに至るために自分が変わらなきゃならないのは理解してた」  また、切なさが強くなった。 「実際何が起こるのかはやってみなくちゃ分からない、って説明されてたから。  直を守れる強さを手に入れられるなら、俺自身が変化するのは仕方ないって自分を納得させようとしたんだ。  でもやっぱ俺、どうしてもいまの自分の感情や欲求まで変えたくなかった。直を愛しいと思う気持ちも、欲しいと思う気持ちも。直の身体とか、匂いに反応して、直とひとつになろうとするこの身体も、全部全部俺から出てきた、俺だけの、大切な気持ちだったから」  新太は、言葉を切り上を向いた。ああ、泣くのを我慢してる。いまようやく理解できた。いつもこうやって、堪えてくれていたんだ。僕が泣き虫だから。  僕は二の腕を思い切り引っ張られ、抱き締められた。 「全っ然、平気だったな! 直は直で、俺はやっぱ俺のまんまだ、良かった、本当に良かったっ!」 「うん、うん、良かった」  僕も新太の身体に腕を回し、ぎゅっと抱き締め返した。 「あっ!?」  どちらの想いが先だったのか。ひとつになりたい、という欲求に支配され、身体が、じんっ、と痺れる。  新太がわざと下半身を擦りつけてくる。お互い、完全に勃っていた。 「ふっ。直、これマジで筒抜けだな?」 「……う、んっ」  恥ずかしさで俯く僕を余所に、新太は、すう、と大きく息を吸い込んで、 「あーっ! すっげーセックスしたい、いますぐ直の中に入って、ひとつになりたいっ!!」 「ちょっ、バカ! 大声でそんなこと言わないでよ! 人が」 「周り見てみろよ。もう誰もいない。さっき撤収してった」 「え」  ほんとに誰もいなかった。モニターも、モニターを置いていた簡易机も、撮影用のカメラも録音用のマイクも無い。  ただ、儀式用の簡易ワンピースとローブらしきものだけが、丁寧に畳んで木の下に置いてあった。きっとセバスが準備してくれたのだろう。そういえば、セバスとましろの気配も無くなっている。  完全に、ふたりっきりだ。  僕は新太に向き直り、見つめ合って黙り込んだ。  急に、お互い裸で密着していることに意識が集中する。  肌と肌がくっついて。体温と鼓動が重なって、身体の芯から、更なる疼きが起る。  胸に広がる気持ちを互いに感じ取った僕達は、微笑み、溢れ出る想いを口にした。 「「愛してる」」

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