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第28話 銀狐、口説かれる 其の三

 途端に身を裂かれそうな、寂しくて悲しいものが胸の中を占めてしまって堪らなくなる。  理由の分からない感情に襲われることが、どうしても理解出来なくて(こう)白霆(はくてい)を見上げた。  白霆(はくてい)はそんな晧を見て、くすりと笑う。   「本当に駄目なら駄目だという顔、して頂かないと貴方に一目惚れしてしまった男は付け上がりますよ。胸の紋様の意味、理解しております。銀狐一族の次期長と定められた者が生まれ持ってくるもの。そして対の紋様を持った、定められた(つがい)がいらっしゃることも知っております。ですが……惹かれてしまったのです。どうか旅の終わりまででいい。貴方を好きでいることを許して下さい、晧」 「──だから! それじゃあお前が!」 「少なくとも『私の方がいい()だ』と貴方に思って貰える程度には、口説く予定ですので」    お覚悟を。      そう言ってにっこりと笑うと白霆(はくてい)は、宿の者に朝餉の用意をして貰いますね、湯も使えるか聞いてきます、と言いながら悠然とした態度で部屋を出て行った。  ひとり残された晧は白霆(はくてい)の変わり身の早さに唖然としたが、すぐに力が抜けたかのようにごろりと寝台に転がる。ひどく顔が熱いと、天井の木目を見ながらそんなことを思った。    自分の心の中にある相反する二つの感情が苦しい。  白竜(ちび)を裏切ってしまったような気持ちが心内を占める。確かに成竜となり立派な人形(ひとがた)を持った彼に、戸惑いを感じたのは事実だ。一目見て本能的に分かってしまったのだ。白竜(ちび)が自分を屈服させ、食らい尽くす自分の雄なのだと。一体どんな剛物で胎内を蹂躙するのかと思うと、いまでもひやりと冷たいものが背筋を駆け上がってくる。それでも白竜(ちび)を裏切るつもりなんて毛頭なかった。今は逃げてしまっているが、心が定まれば里に帰り、(つがい)と共に祝言を上げて、いつかは銀狐一族を引き継ぐ覚悟はあった。  だが……。    ──どうか旅の終わりまででいい。貴方を好きでいることを許して下さい。  白霆(はくてい)のこの言葉に、甘やかな気持ちと鋭い痛みを心内に感じるのだ。昨日初めて出会った男と、幼竜の頃から知っている許婚とでは、比べ物にならないはずだというのに。   

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