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第29話 銀狐、口説かれる 其の四

 将来の番がいることを承知の上で、あんなことを言ってくる男との旅なんて、たとえ恩があったとしても止めた方がいい。  そう思うというのに、心の一番奥が離れたくないと、離れるなと叫んでいる。  つきり、と。  何やら心の臓の上辺りが痛む気がして、(こう)は寝台から起き上がった。初めは突き刺すようなものだったそれが、じくりとした鈍痛に変わる。   (……ここは、確か……!)    寝台から降りた晧は何かを探すかのように辺りを見回した。目的のものを見つけてその前に立つ。  精度の良い鏡の嵌め込まれた姿見だった。  こくりと息を呑んでから晧は、衣着の左側を肌蹴させる。  現れたのは透き通るような瑞々しいまでの白い肌と、程よく筋肉の付いた綺麗な肩だった。そして胸部にはまるで白磁器に紅筆で描かれたかのような、美しくも艶やかな紋様がある。  これこそ晧が生まれながらにして定められた、銀狐一族次期長としての証である紋様だ。紋様は広げた竜の片翼のような形をしている。(つがい)と定められた許婚竜も同様のものを持っていて、目合うことによって互いの紋様が刻まれ、両翼の紋様になるのだという。    だが……。   「──え……?」    晧の紋様は右翼だ。対というくらいなのだから、きっとこの辺りに左翼がくるのだろうという想像が出来る。  丁度そんな位置に、本来なら番だけが持つはずの左翼紋様の、角部分だけが浮き出ていた。   「……なんで……」    一体何が起こっているのか。可能性はひとつしかないというのに、色んなことがありすぎて目覚めたばかりの頭は、ぼぉうとして考えを纏めてくれない。   「──晧?」    不意に呼ばれて晧は、慌てて衣着を着て合わせ目をぎゅっと掴みながら、敏速に振り返った。  部屋の入口に、少しびっくりしたような表情を浮かべる白霆(はくてい)がいた。   「……ああ、すみません。お着替え中でしたか? もし身体が辛いようでしたらお手伝いしますが、大丈夫ですか?」 「──っ」    自分を口説くと言った口で着替えを手伝うと言う彼に、晧は開いた口が塞がらないような心境になる。白霆(はくてい)の親切心を疑うわけではないが、下心があるのだと分かっているから余計に。   

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