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第50話 銀狐、ある人と出会う 其の一

 大きな麗河を渡し舟で越えた二人は、麗南の山越え経路の入り口に差し掛かった。  南の国境までは、なだらかで低い山から始まり、だんだんと険しい山への登山となる。物資を運ぶ商用の荷車を始め、裕福な旅人の乗る荷車は、通行料を払って石畳の敷かれた隧道を通るが、その額は高額だ。一般の旅人は山の入り口にある小さな街で装備を整え、自分の足で登る。  (こう)は元々、山越えの経験を積みたいという理由で、荷車を使う予定などない。白霆(はくてい)は帰りに荷が大きくなった時に使いたいという理由で、晧と同じく行きは自分の足で登山の予定をしていたという。  街で買うものは簡易食と水だ。靴は鱗皮で覆っているものをこのまま使うことができるし、寒さや風を凌ぐ外套は元々二人とも常備している。  二人は穏やかに話をしながら山に入った。  山といえども初めのうちは、なだらかな丘だ。だが歩いていく内にだんだんと木々に覆われた山道へと変わっていく。  やがて陽は南中を越えた。  二人は登山道から少し外れたところで、昼餉の準備をする。森抜けの時は、野生の魔妖の行動が活発になる時間帯と重ならないように宿に到着、もしくは森を抜ける必要があった為、歩きながら干肉(ほしにく)を少し齧っていた。  だが山越えの時に一番始めに登るこの山は、ある謂われがあって野生の魔妖は一切近付かない。それに山の中腹には紫君(しくん)が言っていた温泉で有名な宿もある。ゆっくり歩いても日暮れには辿り着く距離だ。  晧と白霆(はくてい)は腰掛けることが出来る岩を日陰に見つけると、やれやれと言った感じで座った。  布鞄から取り出したのは乾飯(ほしいい)と干肉だ。  それらを齧りながら晧は、これから歩く方向の景色を見て小さく息をつく。  そう、温泉のある宿なのだ。今宵の宿は。   (──約束、するんじゃなかった……!)    今朝のことを思うと、たとえ公共の場の温泉であっても、お互いに肌を晒すのは駄目なのではないかと思ってしまうのだ。  今朝のあの出来事を作った原因は自分だ。  白霆(はくてい)が止めていなければ本能のままに、あの香り欲しさに流されてしまっていたかもしれない。   (そういえば、あの香り……)   

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