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第71話 銀狐、向き合う 其の四

  「なぁ、頭を上げてくれ白竜(ちび)。それでは話が出来ない」 「──……はい」    少し間を置いて白竜が顔を上げる。本当は頭を上げたくなかったのだろう。現れた迷い子のような表情を浮かべているのを見て、(こう)はかつての幼竜を思い出した。白蛇が怖くて森に入ることを躊躇っていた小さな白竜も、こんな表情をしていた。   (……ああ)   『白霆(はくてい)』と旅をしている時も、白蛇を苦手そうにしていた。姿は違えど、こんな顔をしていたではないか。   (俺は……何を怖がっていたのだろう)    どんなに姿が変わっても、根本が変わるわけではないのに。   きっと『白霆』と旅をしていなければ、このことに気付いて素直になるのに、かなり時間が掛かったはずだ。結果的には良かったのだろう。だが『白霆』を諦めようとした嵐のような感情と悩んだ時間を考えると、どこか恨めしい気持ちが残っているのも事実だ。  だからこそ聞きたいと思った。   「……白竜(ちび)、教えてくれないか。そんなに身体に負担を掛けてまで姿を変えて、俺の前に現れた理由を」 「──っ」    白竜の息を詰める様子が伝わってくる。  やがて意を決したように深い息を吐いた。   「貴方が遊学の為に城に着いてすぐ、私は貴方に会いに行きました。だがすぐに違和感がしました。本能が訴えかけてくるのです。これは貴方じゃないって。紫君(しくん)の術の残香のような気配もしましたので、私は彼の所に行って問い(ただ)しました」 「──問い質したって……! よく(つがい)が黙ってなかったな」 「いえ。あの時の私は冷静ではなかった。番の方も伴侶に対する私の態度のことで冷静ではなくなり、竜形で少し喧嘩になりました。紫君が止めて下さったのです」 「……」    晧は言葉にならなかった。  あんなに小さくて、自分の後ろばかり付いて来た白竜が好戦的な態度を取るなど、いま話を聞いていても信じることが出来なかったのだ。   「紫君は言いました。晧は少し考える時間が欲しくて南に旅に出たけど、きっとすぐに戻るだろうから待ってあげて欲しいと。その為に、みんなに心配を掛けないように、あの式を置いて行ったのだと。紫君の言葉を聞いて私は……晧は私から逃げたのかもしれないって思いました」    白竜が下腹に掛かっている寝具の上掛けを、ぎゅっと握る。その様子に申し訳なさを感じて晧は、白竜の手の甲にそっと自分の手を添えた。少しでも力が緩むようにと、優しく撫で摩る。   「……何故逃げたって思った?」 「婚儀の相談の時の貴方が、いつもの貴方じゃなかったから。いつものように『白竜(ちび)』と言って笑って下さらなかった。私の人形(ひとがた)を見た貴方が、どこか怯えたような困惑した目を私に向けたあと、あまり話しもせずに視線すら合わせて頂けなかった。確かに私の人形になった姿は、幼竜の時と比べてあまりにも印象がかけ離れています。だから貴方の好みではなかった、嫌になったのではないか、だから逃げてしまわれたのでは。そう思いました」 

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