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第74話 銀狐、向き合う 其の七

 何も悪くないのに泣いて欲しくなくて、目蓋に、涙の跡に接吻(くちづけ)を落とす。   「お前は何も悪くない。悪いのはお前の気持ちを考えずに逃げた俺だ」    紫君(しくん)とその番以外、誰にも知られずに自分の心と向き合う為の『逃げる』旅だった。覚悟を決める為の旅だった。それでも帰るのは銀狐の里だと、白竜の元だと決めていた。  紫君の作った式が見破られるなど、思ってもみなかった。そしてまさか白竜がこんな想いを抱えながら、姿を変えて自分を追い掛けてくるなど想像もしなかったのだ。   「悪かった……白竜(ちび)」    そう言って(こう)は愛しい気持ちのままに、触れるだけの接吻(くちづけ)を白竜の唇に落とす。気付けば白竜の腕が晧の細腰を抱き締める(さま)に、晧はひどく安堵した。  拒まれてしまったら、耐えられない。  だが白竜はそれこそ、あの婚儀の相談の場から同じことを思っていたはずだ。   「ごめん……」    唇を離して吐息混じりにそう呟きながら晧は、白竜の上に腰を下ろした。腰に回されたままの白竜の腕が、丁度尻尾の上部辺りで手を組む。  白竜の気持ちを考えたら、触れられていることが堪らなく嬉しいなどと、思ってはいけないはずだ。だがどうしても嬉しくて、ぱたぱたりと銀灰黒の尻尾が動く。   「……お聞きしてもいいですか?」    涙の止まった白竜の、真摯に自分を見つめる瞳に晧はこくりと頷いた。   「どうして……私から逃げようと?」 「……っ」    晧はじっと白竜を見つめたあと、再びあからさまに視線を逸らした。何故姿を変えて自分を追い掛けて来たのか、白竜がここまで話してくれたのだ。だから自分も話さなくてはと思うのだが、理由が理由なだけに言い淀む。   「私の人形(ひとがた)が怖かった……?」 「……」    無言のまま晧が首を横に振る。  確かに怖いと思った。だが白竜が思っている『怖さ』とは、また違うものだ。きっとこの怖さは強い者に隷属する、本能的な悦びに屈服することへの怖さだ。  そして何よりも一番が……。   「晧……私はですね、貴方が南の国にいる友人に会いに行くと聞いた時、その方が……貴方の本当に好きな方なのではないかって思ったんです」 「え……」    晧は耳を疑った。  逸らしていた視線を白竜に向ける。 

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