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第77話 銀狐、向き合う 其の十

「……っ!」    気付けば(こう)の背中を強く抱き締める、強い腕があった。ぐっと白竜の身体に引き寄せられて、彼のたくましい胸に頬が触れる。   「──晧……っ!」    甘く名前を呼ばれるのが、気恥ずかしくも嬉しい。  彼の身体から放たれる、春の野原の草花のような香りを堪能しながら、晧は白竜の背中に腕を回した。  すると背を抱く力が更に強くなる。  その力強さが愛おしい。  苦しいほどに抱き締められることが、こんなに愛しい。  どれだけそうしていただろう。  少しばかり身体を離して晧は、白竜を見た。  灰銀の瞳と、灰銀の長い髪。  まるで氷のように冷たい印象しかないと思っていたものが、今は宝物のよう。   「……白竜(ちび)、好きだ」    晧の言葉に灰銀の瞳が揺れる。だがすぐに白蜜のように優しい目で、晧を見つめ返す。   「私も……貴方が好きです。やっと……捕まえた」    吐息が唇に触れる、そんな近い距離で囁かれて、晧の胸は高鳴って仕方がなかった。   「晧……」    その声に、色付いた唇に誘われるかのように、お互いに口付ける。濡れた音を鳴らして離しては、啄むような接吻(くちづけ)を繰り返して、名残惜しそうに晧の下唇を甘噛みして、白竜の唇が離れる。   「……ところで晧は、婚前交渉は大丈夫なんでしょうか?」 「は? そんなの今更だろうが……、あ……」    しゅるりと腰紐が緩められたと思いきや、白竜の熱い手が旅装束の中を進み、晧の上半身を撫でる。直に触れられる感触に、力が抜けそうになるのを何とか耐えた。   「いえ……里にそんな掟がなかったかと思いまして」 「あってもそんなに……っ、厳しくないものだから。仮に掟で駄目だって言ったら、ここで我慢するのか? 白竜(ちび)」 「……無理ですね」 「んっ……だろう……?」    上半身を弄る手の動きによって、晧の衣着の合わせ目が緩む。露わになった白い肩が外気に晒される感触に、ふるりと身体が震えた。   「寒い……?」 「大丈夫だ……白竜(ちび)」    寧ろ触れられているところから、肌が猥りがましい熱を帯びているようで、熱くて仕方ない。まるで白竜の手から伝わる体温に、酔わされているかのようだ。  その狂おしいまでの熱をどうにかして欲しくて、白竜(ちび)と繰り返し名前を呼ぶ。  ふと晧は思った。   (──そういえば……)    自分は彼の名前を知らない。    『白竜(ちび)』は彼がまだ幼竜の時に付けた、云わば愛称だ。彼が姿を変えていた時に名乗っていた名前もあるが、本当の正体を隠していたのだ。

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