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第78話 銀狐、向き合う 其の十一

  「なぁ……白竜(ちび)。『白霆(はくてい)』は偽名だろう? 本当の名前、教えてくれないか?」      (こう)の言葉に白竜の手の動きが止まる。  驚いているような、信じられないものを見るような彼の表情に、晧は首を傾げた。   「──『白霆』です」 「……へ?」 「だから……白霆です」 「──……へ!?」 「まさか晧……貴方……」 「い、いやいやだって昔からずっと『白竜(ちび)』って呼んでたし!」 「貴方の言う『昔』初めてお会いした時に名乗りましたよ。ただ幼竜の時は、意志疎通の思念を発するのが慣れていなくて、貴方のご両親が私の代わりに伝えて下さいましたが」    にっこりと白竜が笑う。  だが目が笑っていないことに気付いて、晧の背筋を冷たいものが伝った。  竜形の真竜は言葉を発することが出来ない。その代わり思念のようなものを発して、頭の中に直接言葉を伝える方法で意志疎通を図る。確かに白竜が幼竜の頃は、脳に伝わってくる言葉が極僅かで、ずっときゅうきゅう鳴いていた。  そういえばと晧は思った。  初めて白竜を紹介された時、両親は確かに言っていた。  白竜の名前を。    「いや、その……悪い。あまりにも綺麗で小さくて可愛い白竜が目の前に現れて、自分の将来の許婚竜(いいなずけ)だって紹介されたんで、見惚れて聞いていなかった……と思う」 「……っ」    晧の言葉に思わず息を詰めた白竜……白霆は刹那の内に大きくため息をついた。   「婚儀の相談の時で里にお伺いし、初めて貴方に人形(ひとがた)を披露した時にも名乗りましたよ」 「あ──……」    そういえばそんなこともあったなぁと、晧はしみじみ思う。  あの時は確か……。   「あ……あの時はお前の人形(ひとがた)に見惚れ……い、いや、お前からどう逃げようかって考えてて……」    白霆が名乗ったことも全く気付いていなかったし、聞こえていなかった。  再び白霆から大きなため息が洩れる。   「……悪かった、白霆」 「──許しません」 「……っ!」    肌に触れていた白霆の手に腕を掴まれたかと思うと、そのまま彼の胸に引き寄せられる。横に倒されながら、気付けば白霆に組み敷かれ見下ろされる体勢になった。  先程まで優しかった灰銀の瞳に、ぎらついた焔が灯る。  それは初めて彼を見た時と同じもの。  ぞくぞくとしたものが尾骶から背筋に這い上がってくるが、晧はもうこの感覚も彼の瞳ももう『怖い』とは思わなかった。   (……だってこれは)    お互いがお互いを欲しがっている証のようなものだから。   「……許しませんよ、晧。貴方が私の腕の中で啼きながら、私の名前を何度も呼んで下さるまでは」 「──はく……てい……」 「そう、私の名前を呼びながら、私の為に啼いて下さい。ちなみに……」    白霆がぐっと腰を押し付ける。   「あ……」    硬いものが晧の花芯に擦り付けられるその感触に、晧は弱々しく(かぶり)を振った。   「先程の答えですが、あの『白霆』の姿より、今の『白霆』の姿の方が、ほんの少しばかり大きいのですので」 「──へ?」 「先程から散々私のことを煽っていた自覚ありますか? ないですよね? ──どうぞお覚悟を、晧」                   

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