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番外編 銀狐、本当の大きさを知る 其の四

 少し考えたいことがあると言って、晧は紫君達とは別に帰路に着くことにした。  別れの際、視界の端に彼らの姿を捉える。  人形(ひとがた)に戻った彼の番が紫君の頭を軽く小突き、紫君がどこか拗ねたような顔をしながらも謝る、そんな光景だった。   あまりにも当たり前のように、自然に寄り添う姿が羨ましいと思う。同時に晧は白霆に会いたくなった。  自分ばかりが会いたいと思っているのではないかと、意地を張っていた。どこか悔しい気持ちもあったが、意地の為に白霆に会えずに寂しいと思ってしまう自分が、馬鹿らしいという気持ちもあった。  白霆の本来の竜形のこともそうだ。   (……ちゃんと話をして、ちゃんと知りたい)    晧は瞬きひとつでその姿を、銀狐の姿に転変させた。ここから紅麗までは距離はあるが、獣の姿で走ればすぐに着く。それにいつもよりも少し身体を小さく変化させたので、速さも出るはずだ。  そう……ちゃんと知りたい。  紫君は悪くないとはいえ、他の人から自分の知らない白霆のことを聞くのは、妙に胸が騒ついて仕方がない。  晧は駆けた。  やがて紅麗の大通りが見えてきても、ひたすら駆けた。  陽は南中を超えて少し傾いていたが、紅麗の街は市がまだ開かれていて、たくさんの食品や品物が並んでいる。  活気に溢れていて人がたくさんいる中を、すり抜けるようにして銀狐は走った。紅麗は人と魔妖が多く存在する街だ。銀狐の一頭が大通りを駆けていても、特に驚かれることはない。  晧はやがて大通りを抜けて小通りに入った。  白霆がいる薬屋『麒澄』は、更に奥へと進んだ通りの外れにある。  薬屋の前に来て晧は、途端に頭の中が冷静になった。  いくら会いたいとはいえ、こんな刻時にきては白霆の迷惑になることに今更気付いたのだ。   (……ああ、やってしまった……!)    彼の邪魔をするつもりなど、なかったというのに。   (駄目だ……今日はもう帰ろう)    そしてまた後日に、ちゃんと連絡をしてここに訪れよう。  銀の毛並みに覆われた狐耳をへにょっとさせ、ふさりとした尻尾を力なくだらりと下げたまま、晧は踵を返そうとした。  だが行かせるものかとばかりに、銀狐姿の晧を背後から掬うように抱き締める、熱い腕がある。   「──晧」 『……っ!』    気付けば臀部を腕で支えるようにして抱き上げられた。速さが出るからと、本性を小さく転変させたことが悔やまれる。   「晧、貴方の妖気を店の外に感じて、まさかだと思いました。銀狐の姿で薬屋へ来るなんて、どうしたんですか? 何か……貴方に何かあった……?」    晧は銀狐の身体を少しばかり捻って、彼を見る。  心配そうな灰銀の目をした白霆と視線が合った。   (ああ……こんな顔、させるつもりなんてなかった) (お前の邪魔をするつもりなんて、なかったんだ)    白霆の性格ならば何の連絡もなく突然来てしまったら、こんな風に自分のことを気に掛けてしまうと、分かってたというのに。   『……悪い、白霆。何も、何もないんだ。ただ……──悪い、降ろしてくれないか?』 「それは出来ません。いま貴方を離したら、貴方は私に何も話さず走り去ってしまうでしょう? こんな迷子のような顔をしている貴方を、離すことなんて出来ません」 『……っ、白竜(ちび)……本当に何もないんだ……だから……!』 「──もしかして……晧。私に……会いに来てくれた……?」               

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