113 / 117

番外編 銀狐、本当の大きさを知る 其の六

 晧と白霆は顔を見合わせた。  一体何だろう。  そんな気持ちのまま、白霆に抱かれるがままに、晧は麒澄の前に来る。  咥えていた葉煙草を陶器の上に置いた麒澄が、何を思ったのか晧の口吻(こうふん)を軽く掴むと、顔を寄せて匂いを嗅ぐ仕草をした。   『──何するんだっ!?』 「──何をなさるんですかっ!?」    息を合わせたように抗議をする晧と白霆に、片眼鏡を軽く上げた麒澄が舌打ちをする。   「何するんだ、じゃないぞ、晧。お前は野生を捨てたのか、それともこの馬鹿弟子の阿呆さが移ったのか」 『は?』 「──発情期だ」 『……は?』    晧は口吻を大きく開けたまま固まった。  とんでもない顔をしている自覚はあったが、それ以上に麒澄の言ってることが理解出来なかったのだ。   『き、麒澄医生。だって発情期はこの前……』    つい先日のことだ。  忘れもしない。  麗南の山越え経路の途中にある、温泉で有名な宿の離れで、自分はとんでもない目に遭ったのだから。  そんな晧の声を、麒澄は言い終わる前に一蹴する。   「それは『真竜の蜜月』だろうが! 俺が言ってるのはお前の銀狐としての発情期だ! ……元来銀狐の発情期は番がいなければ起こらないし、時期は冬だ。大方馬鹿弟子の蜜月に引っ張られたんだろうが、この気配と香りからいって……もって数日後ってとこか?」 『ま、待ってくれ、麒澄医生。実感が全くないんだ。さっきまで紫君と番の蒼竜と会ってたぐらいだし』    晧は自身の身体を黒い鼻で、くんくんと嗅いでみた。だがそんな香りなど一切しないのだ。それに体調もいたって普通だ。だから発情期だと言われても本当に分からない。   「だから『野生を捨てて来たのか』って聞いたんだかな。……あいつらに会ってたのなら、鼻の利く蒼竜は気付いたかもな。うちの馬鹿弟子も『それが何か分からずに本能で』察したみたいだしな」    晧は敏速に白霆に振り返った。  須臾の内に白霆が気まずそうに視線を逸らしながら、晧は今日もとてもいい香りがするとは思ったんですよ、と小さく呟いている。   「まあ……香り以外にも前兆は出ているぞ、晧」 『前兆?』    麒澄の方を再び見た晧は、ぴんと狐耳を立てると、こてりと首を傾げた。それそこ全く心当たりがない。  そんな晧を見てた麒澄が、くつくつとそれは楽しそうに笑った。   「──馬鹿弟子に会いたい一心で、ここまでその姿で走ってきたんだろう? それが答えだ。無意識か本能か、番と発情期を迎えたいと思ったんだろうよ」 『……へ?』         

ともだちにシェアしよう!