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番外編 銀狐、本当の大きさを知る 其の八
狐姿のまま、気付けば薬屋からほど近い宿のとある一室に、晧は連れて行かれた。
道中、二人は無言だった。晧は白霆に何と話し掛ければいいのか、分からなかったのだ。
ただすごく気恥ずかしい。それと同時に発情期の近さが精神を不安定にさせるのか、晧は気落ちしていた。
白霆に会いたい、全てを知りたいと思った。
だが晧の発情期が近いと知った白霆が、麒澄の薬を『有り難く頂いた』ことがどういうことなのか。冷静になった頭はすぐに答えを導き出した。
白竜 は望んでいないのだ、と。
心の中をずきりとした痛みが走ったが、当然だと思った。
(……確かにそうだよな。計画も何もあったものじゃない)
少なくとも自分はまだ麗城に遊学中であるし、白霆もまた薬の知識と医生の勉強の為に麒澄の元にいるのだ。
だから白霆に連れて行かれた先で、すぐにでも薬を飲もうと思った。
だが。
「……晧……こ、う……!」
部屋の引き戸を閉めた途端に、晧の首筋の毛並みに顔を埋めながら狂おしくも名前を呼ばれて、晧はどうすればいいのか分からなくなった。
だが彼の今後の邪魔を、いま現在するべきではないのは分かっている。
(──発情期は今だけじゃない)
(すべきことを終わらせてから近い未来、色々と環境が整ってからの方がいいに決まっている)
晧は白竜 、と名前を呼びながら白霆の顔を見る為に身体を捻らせた。
『──っ!』
先程の穏やかな顔とは打って変わった、酷く苦しげな表情とぶつかった。揺らめきながらも熱の籠もった灰銀の目に見つめられて、晧の背中をぞくりと粟立つものが駆け上がる。
「──申し訳ございません……申し訳ございません、晧。私、私は……!」
今にも泣き出してしまいそうな声色で、そんなことを言う白霆に晧は戸惑った。
何が彼をそうさせているのか。
晧は再び彼の名前を呼ぼうとした。
だが晧の口吻をふわりと、春の野原に咲く草花のような香りが擽る。
胸部に回されていた腕を外した白霆が、薬袋を持ったまま腕を前へと突き出した。
その須臾。
薬袋が突然、何の前前触れもなく燃え出した。
先程の香りは白霆の神気だ。彼が自身の持つ『力』を使って、薬袋に火を付けたのだろう。
『白竜 ……』
驚きのあまり晧は息を詰めたまま、彼の名前を呼ぶ以外、何も言うことが出来なかった。
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