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 工藤と揃って教室に入ると、机に向かうまもなく一人の女子生徒がぼくの前に仁王立ちで立ちはだかった。 「ちょっと、宮代くん! あなた、どういうつもりなのっ?」  おっと。ずいぶん威勢のいいネーちゃんだ。ぼくが驚いて立ち止まると、工藤も横に並ぶ。 「もう、黙ってられないんだけどっ」  目を剥いて叫ぶ女に、ぼくはきつい視線を置いた。 「るせーな。なんなんだよ」  十センチ下の顔に向けて唸った。不良に単身で声をかけるたぁいい度胸だ。それにぼくはいま機嫌も悪い。  しかしこのネーちゃんの顔には見覚えがあった。なにかの代表にでもなっていたような。ほとんどのクラスメートの顔は憶えていないんだけど、なにかの拍子で記憶に残ることはあった。髪が長くて美人な顔をしてるし、AKBとかにいそうな感じだ。 「朝練には一度も出てこないし、さっきの音楽の授業にだって出てこないで! 全然、歌えないんでしょう、あなた? どうするの? 本番は、もうすぐなのよ!」  目くじらを立てて怒っておる。なんなのだ、この女は。  クラス中の視線がぼくらに集まっている。周りからは、「ほっとけよ、ンなやつ」とか「キレたらこええぞ」の声が聞こえる。それが癪に触って、彼らの方を向いて怒鳴った。 「るせェ! 見せモンじゃねぇぞ!」  おーコワ。ヤクザか。いったい何様? みたいな声が広がる。 「怒鳴らないでよ! 本番はもうすぐよ? どうするの? 明日っからは、きちんと練習に出るのよ!」  元気だな。 「あのさ。なんのことだか、さっぱり分からないんだけど」  ぼくの言葉に女が瞠目する。  だいたい本番ってなんだ? AVにでも出演すんの、ぼくたち? なんて訊いたらこの場がもっとひくだろうな。 「合唱コンのことよ」  憤然とした口調で言う。ぼくはきょとんとして首を傾げた。 「覚えてないの? もうすぐ全校での合唱コンクールがあるでしょう、クラス対抗の。もうほとんど仕上がっているのよ。心配なのは、あなただけなの。みんな、とても頑張っているのよ」 「彼女は指揮者だよ。クラスの責任者だ」  工藤が耳打ちした。なるほど、合唱コンクールか。合点。そりゃ、ご迷惑様でした。 「分かった」  その目を見つめ返した。 「当日は学校休むから、心配すんな」  ぼくの返答に、その丸い目がさらに大きく見開かれる。 「――ちょっと…そおゆう問題じゃないでしょう?」  震える声に力がこもる。 「そうだよ。そういう問題じゃない」  なぜか工藤が繰り返す。なんだよ、女の肩持ちやがって。どっちの味方だ。 「もう。ほっとけよ、そんなヤツ」  大きな声で横槍が入る。 「どうせいつでも浮いてる不良なんだからさ」 「そいつがいないほうが、クラスがまとまっていいだろ」  それを皮切りに、クラスメートが口々にぼくを罵り始めた。いや、罵り始めた、という言いかたには語弊がある。むしろ、その通り。クラスの和を乱すぼくなんて放っておいた方がいい。だから彼らの言うことは正しい。 「単位落として留年確定だしな」 「そのまえにタバコで退学だろ」 「アホにつける薬なし」 「バカはいなくなれ」 「学校の恥」  ほどよい罵詈雑言。いや、だから、その通りなんだってば。分かってんだよ、自分でも。 「やめろ!」  急にクラッカーが弾けるような怒声がして、ぼくは体ごとびくりと跳ね上がった。  工藤だった。長身の体からが焔立つみたいに、声と顔に怒気を滲ませている。 「いい加減にしろ。よってたかって一人を攻撃するな。宮代だって同じクラスメートだ。そんな悪口を浴びせていたって、クラスがまとまらないだけだろ。いま大事なのは、合唱コンにクラスのみんなで参加することだ。これからの一年間に向けてクラスで一致団結することが、合唱コンの目的なんだから。あとな、言っておくが宮代はバカでもアホでもない。学校の恥でもない。本当は優秀な頭のいい奴なんだ。他人のほんの一部だけを見て、まるで全部を分かったみたいに悪口を言うのは、よせよ」  いや……ちょっと、待って。こっちが恥ずかしくなっちゃうっての。  こんなたいそうな演説ぶっこかれたらへたりこんじゃう。 でもって相変わらず、ぼくへのヘンな思い込みも混じっているしな。

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