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 クラスはしんと静まり返っていた。 「あー、めんどくせえ……」  静寂を破いたのはぼくの声だった。だからホームルームなんて嫌いなんだよ。あまりにぼくと関係なさすぎてさ。  踵を返して教室を出て行こうとするぼくに、女が声をかける。 「ちょっと、宮代くん」  話はまだ終わってないわよ、ってなところだ。それに工藤が反応した。 「僕が行くよ、春香」 「勇貴」  なんだ? このやりとり。  不快な違和感を背中に覚えながら、ぼくは教室を出た。早足で三階から降りきって昇降口に出たところで、工藤に追いつかれる。 「待てよ」  無視しようとしたら腕をとられた。長袖シャツの上からなのに、電気ショックを受けたみたいな衝撃が走る。  咄嗟に振りきろうと腕を引いたけれど、思ったよりもその力が強くて、結局、掴まれたままで振り向くことになった。 「なんだよ」 「なあ、どうしてきみは、そう突っ張ってばかりいるんだ」  今度は強く腕を振ったので掴んでいた手が離れた。 「そんなの、どうでもいいだろ。ところでさ、さっきのあれ、なに? 名前なんか呼び捨てあっちゃって、あんたとあの女、付き合ってんの?」  心の中を動揺を覚られまいと、からかうみたいに訊いた。工藤がこれまでにないくらい険しい顔つきになる。その鋭い眼光に射抜かれて、ぼくはせせら笑いを引っこめた。 「ああ。付き合っている。でも今は、そんなことを話したいんじゃない」  ――ああ、そうか。ぼくは心で、がっくりとうなだれた。やっぱり、そうか。 そうだろう。あの子、可愛かったもんな。一途そうなところはなんとなく工藤に似ているし。考えてみればお似合いの二人だ。  そりゃ、これだけのイケメンに彼女がいないなんて、ありえない。そんなことも思いつかなかったなんて、ぼくはなんてバカなんだろう。 「もったいないと言っているんだ」  工藤が口を開く。突然の言葉に、失恋で真っ二つに割れた傷心を奮い立たせて、ぼくは工藤を睨みあげた。 「きみは本当は真面目な人間なんだろ。頭もいい。なのに、こんなふうに不良の真似事ばかりしていて、もったいないと思わないのか?」  本当に突拍子もないことをぬかしやがるなと、ぼくは唖然としかけた。 「真似事だと? ナメてんのか? なんなら、ここでタバコ吸ってやろうか?」  けしかけると、工藤の視線がさらに鋭さを増す。 「そんな態度は、きみに似合わないよ」  その、なんでも知っているみたいな断定にカチンと来て、ぼくは唸り返した。 「さっきから聞いてりゃ勝手なことぬかしやがって。なにを根拠にそんなこと言ってんだよ、あんた」  束の間の沈黙が流れて、工藤が意を決したように口を開く。 「ならば言うけどね。きみは宮代佳樹、SD予備校の全国模試で上位百人の中に必ず入っている秀才だ。そうだろ? 僕もときどきあの中に入るんだ。それで、どんな高校のどんな人がここに載るんだろうと興味があって、毎回チェックしている。きみは去年まで神奈川県立光徳高校理数科にいた宮代佳樹だ」  ぼくは言葉を失った。血の気が引いて、フラリと倒れそうになる。 (…な、ん、なんだよ、こいつ――!)  ていうか本当のところ、工藤はどこまで知っているんだろう。 「きみは頭がいいはずだ。でなければ偏差値七十四の高校になど入れるわけがない。それに素行も良かったんだろう。上位県立高校には中学の内申が良くないと入れないことくらい、六年一貫校に通う僕でも知っているよ。つまりきみは本来は優秀で、真面目な性格のはずなんだ。なのに、どうしてそれを隠すんだ」  ちょっと、待って。  これは電気ショックどころの話じゃねえな。バズーカ砲を撃ってきやがんな。 「なにを言ってるのか分からねえな。それって他の同姓同名のヤツじゃね?」  声が震えそうになるのを堪えて、必死にすっとぼけた。 「違う。なぜならこの四月にあった模試では、きみの名前の所属はこの高校のものになっていた。転校したからだ」  …あ。倒れる。 「それに僕は、この中間試験の数学でトップを取れなかった。初めてだよ。きみなんだろ、一位だったのは? そんなに成績がいいのに、なぜ不良の真似なんかするんだ。僕はね、ぜひともきみと一緒に勉強したいと願っているんだよ。なにがあったか知らないが、本来のきみに戻って、将来に向けて僕と一緒に頑張らないか?」  ふらふらふら。なに、くだらないこと、言ってんの。ぼくはもう、困り果てるのを通り越してフリーズ寸前だ。降参だよ、熱血くん。  将来に向けて頑張る? 冗談じゃねーや。将来に向けて結婚を前提にお付き合い、ならしてやってもいいけどサ。

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