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「あんた、バカじゃね?」  もうここまでくると苦笑しか出てこない。でも一応「何があったか知らないが」はしっかりと耳に入れたぞ。そこのところは分かっていないんだなと一安心する。    「一緒に勉強とか、一緒に頑張るとか、お門違いもいいとこ。だって、いま一番、オレがしたくないことなんだものさ。オレなんかもうこの一ヶ月間、まともに文字すら書いていないぜ。脳味噌にはカビが生えかけてるし、成績も落ちぶれる一方だから、安心しろ。すぐにあんたが、そのトップとやらに返り咲けるからさ」 「いや、僕は別になにも、トップがいいとは――」  焦ったように工藤が言い足す。 「いやいや、いやいや。分かっているけど? あんたがそんな低俗な人間じゃないと自分で言いたいのは、分かっているよ。でも、ぼくへの興味はソコだったんだろ? お(つむ)のマシな勉強仲間が欲しかったわけだ。うすうす感じていたよ、あんたがなにがしかの興味を持ってぼくを見ているってことはね。こういうことかと、いまストンと腑に落ちたわけ。確かに偏差値五十にもいかないような学校でいくら一番とったって、全国じゃ通用しないもんな。だから模試の上位成績者の名前なんか、いちいちチェックしてたんだろ。ご苦労様だよ。悪いけど、ぼくはあんなの一度も見たことない」  工藤がさっと頬を赤らめる。 「学校の価値は、偏差値だけじゃないだろ」 「だろうね、ぼくもそう思うよ。そして人間の価値もしかりだと思っている。ぼくは少なくとも、相手の高校の偏差値とか模試の順位なんかで友達を択ぶ真似は、しねえよ」  カっと、工藤の顔が血色を増した。 「なにか誤解をしていないか? 僕はそんなつもりできみに声をかけていたわけじゃないぞ!」 「そうなのか? なら、なんだっていうんだ? もしぼくが本物のアホだったとしても、あんたはそんな不良に、同じように興味を持ったってわけ?」  いつのまにかぼくはずいぶんムキになっていた。工藤への失望に我を忘れていた。 「違う、そんな話をしているんじゃない! もったいないと、さっきも言ったろう? もともとしっかり持っているものを、天から授かっているものを、きみはまるで(どぶ)にでも捨てているような真似をしているじゃないか! そんなのを見ていられないんだよ、僕は! きみはもっと真面目で、賢い人間のはずだろ、どうしてもっと、それを活かさないんだ!」  はあ。もうこりゃダメだ。平行線だ。なにも分かっちゃいない、この若様は。  ぼくは、ぼくたちの間にあるけして行き来のできない大河のような隔たりを感じて、慄然とした。 「あんたはなにも分かっちゃいないんだよ、工藤。あんたがさっき言ったんだぜ。他人の一部を見てすべてを分かったような気になるな、ってさ。その通りだよ。あんたが見たのは、たまたま成績が良かった時のぼくにすぎない。でも、いまは違う。ぼくのすべてが変わったんだ。もう、一緒に勉強、なんて言葉のわずかも聞きたくないくらいにね。あんたよりよっぽどクラスの他の連中の方がぼくのことをよく理解しているよ。あんたと違って自分に正直な分だけ、奴らの方がいくらかマシだな」  綺麗な顔に険しい表情を浮かべたままで、工藤が黙り込む。  そんな彼を残して外へ出た。逆立った神経を(なだ)めたくて、黙々と体育館のほうへ歩いた。ホームルームの時間だからひとけはない。  …はあ。なんだこれ。えらく痛い失恋だったな。  溜め息をつきつつ、曇り空を見上げた。  昼過ぎには快晴で気持ちのいい風が吹いていたのに、いまはどんよりとした灰色の雲が垂れ込め、大気に重い影を落としている。まるでいまのぼくの沈んだ心みたいに。 (――遠い)  全身の血液がこんこんと冷えていく。  すべてが遠い。  タカハシと少年の恋も。  工藤の情熱も。  すべてがぼくからかけ離れている。  これから工藤はぼくに興味を抱かなくなるだろう。でもしかたがない。彼はぼくの上にぼくではないものを見ていた。  ぼくはひとり堕ちていく。底知れない深い奈落へと堕ちていく。

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