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 そしてすぐにロングストロークのピストンが始まる。手加減なくがつんがつんと腹にあたって響く。だって実際、痩せた腹の皮が前に突き出るんだもの。痛い、苦しい、苦しい、痛い、ああ――――。  こんなに痛くて苦しいのに死ねないなんて、神様も世界を作るときに手抜きをしたものだ。 「うっ、ううっ、ううっ、」  こんなときぼくの脳裏には、カナヘビに喰われるコオロギの様子が甦る。  小学生のときに半年ばかり飼っていたカナヘビに、ぼくは毎日二匹ずつ、生餌のコオロギを遣っていた。ケージにコオロギが入ってくるやいなや、カナヘビは匂いを嗅ぎ付け、視力を駆使して襲いかかり、情け容赦なくがぶりと頭から喰らいつく。コオロギは身を震わせながら、少しずつ己の体が食われてゆくのを待つ。ときには、邪魔になった足を途中でもぎ取られることもあった。この世は弱肉強食の世界。弱いものは強いものに喰われる。それは人間も同じ。弱いぼくが、存在価値の薄いぼくから、強者に喰われてゆく。  バシリと皮膚が鳴る。 「ああっ!」  あ…、あ…、あ…。背中が熱く痺れる。皮膚がひりひりと腫れあがる。 (工藤…、工藤…、)  ああ、でも、あいつの名前ではぼくはもうちょっとも楽になれない。  なぜなら今日、けして彼には愛されないと分かってしまったから。  もちろん恋人とか友人としてなんて、もとから期待していなかった。ただ、不良としてさえも、ぼくは価値を失った。  あいつが気にかけ、手に入れたいと望んだものは、仮初のぼく。泡沫のぼく。もうぼくが絶対になることのできない、あいつの頭の中でだけ膨らんでしまった紛い物のぼく――――。  あんなに好きだったのに。あんなに素敵な笑顔だったのに。でも、ぼくの見ていたものだって、あいつの一部でしかなかった。ぼくもまた、あいつの上に自分の理想を重ねて都合よく見ていただけだった。それを今日、ようやく知ることができた。  革の空気を切る音。打ち鳴らされる皮膚。  がたがたと全身が震えてくる。そうだ、熱があるのだった。それを自分でも忘れてしまうくらいに、ぼくは、この世から取り残されている。 「お願い。やめて、痛いよ、悟さん…」 「うるせえっ。黙ってろ! ぶん殴るぞ!」  堕ちる。堕ちてしまう。お願い、誰でもいい。助けて――――!  意識が遠のき、頭が朦朧としかけた。 (大丈夫か?)  不意に、誰かの声がした。 (大丈夫か?)  優しい声。愛情に満ちた、深い――――。  これ。  タカハシだ。  タカハシの旦那の声だ。  男らしくて、なのにしっとりと体の髄まで染み入り、心の底まで包み込んでくる声。  あの二人のセックスをきれぎれに思い浮かべる。きれぎれにしか思い出せないのは、いま自分がやられていることとあまりに乖離しているからだ。  いいな。あいつは。  あの人に愛されて。  あんなに優しくされて。  あんなに大事にされて。  そう思うと涙が溢れてくる。 (大丈夫か?)  タカハシの声がする。ぼくはいつのまにか、首を激しく振っていた。  ぜんぜん、大丈夫じゃない。  つらいよ。つらい。  本当に。  どこまでもつらい。  そして助けは来ない。  どこからも。  いつまでも。  ベッドのデジタル時計で確かめる。まだ十分しか経っていないのか。  これが二時間続く。  ――いい加減、死にてぇよ。  このまま、くたばらないかな。  だって。  もう生きてく糧をなくしちまったんだもの。ぼくは。

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