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泣きじゃくって、洟をつんつんとすすったりして、きれぎれに声をあげてまた泣いた。
(そんなに泣くなよ)
ぼくがぼくに言う。
(泣いたところで、なにになるよ。泣いたってしょうがねぇだろ、泣くんじゃねぇよ)
こくこくと頷いた。
分かってる。
でも、つらいんだ。
つらくて、つらくて。
だってきっと、いましか泣けないんだもの。だから泣きたいんだよ。
こんなに自分の中に余分な水分があったのかと驚くくらいに、ボタボタといつまでも涙が零れ落ちた。
「うっ、…うっ、あ……あ――」
だから、気付かなかった。
しゃくりあげて啜りあげて、声をあげて泣いていて。
ガタガタと体が鳴って、すっかり我をなくして。
そして、東屋の天井に叩きつける雨と地面へと落ちる水音が大きかったから、気付かなかった。
パキ、と小枝を踏んだ音がすぐそばでしたときにはもう、彼の足は俯くぼくの視界の端に映っていた。
その薄汚れた革靴には見覚えがあって、ぼくはあまり驚かずに濡れた顔をあげた。こんな時間にこんな場所に現われるのも、彼ぐらいしかいない。
「宮代?」
目を丸くして、タカハシが口を開く。
いつもみたいに、両手をズボンのポケットに突っ込んだ鷹揚な格好で、唖然としてぼくを見おろしている。
もう学ランは着ていなくて、そのぶん少しだけほっそりと見える。雨で濡れたシャツの胸元が大きくはだけているから、前よりよけいにスレた感じがして、ぼくは震える体で見あげながら、ぼんやりとその厚い胸板に視線を這わした。
ああ。でも。
どうしてこの人はこんなに深くてぬくもりのある声を出すのだろう。まるで甘く包むガーゼのような。そっと抱き込んでくる温かな腕のような…。
遠くの星を求めるのにも似た悩ましい気持ちで彼を眺めながら、ぼくは目を瞬いた。瞬きのたびに、またぽろぽろと涙が零れる。…止めなきゃな。困らせちまう。
「おまえ、どうした――?」
顔を上げているのがしんどくて、再び俯いた。
ふと、膝の上の紙をどうしようかと迷う。半分に折って文字を隠そうか。それとも、ここでなにもかもをぶちまけて打ち明けるべきなのか。
ええ。ぼくはこんな人殺しの子供です。そばに寄らない方が御身のためです。
でも。それもなんだか違う。
この旦那だもの。ヘンにぼくを哀れんだりして、逆に気を遣わせちまったら悪い。だいたいこんなことをいまぼくから知らされたって、さすがのタカハシも重いだろうから、いつか誰かから知らされるのならそのままにしておけばいい。だから紙を折った。小さく折って、ズボンのポケットにしまった。
タカハシが隣に腰掛けてくる。
「邪魔したかな」
震える腕に、突然、大きな手のひらが乗ってきて、びっくりする。
いつもならそんなことをされたらすぐに拒絶反応をおこして腕を引っ込めてしまうのに、いまはむしろ、その手からなにか心地よいものがぼくへと流れてくる感じがして、ぼくはなされるままにした。
「震えているな。大丈夫か?」
その言葉に、ぼくの体がぴくっと反応した。
(大丈夫か?)
この数日、悟さんにバックを突きあげられながら、何度も脳裏に甦らせた言葉。
大丈夫じゃないよ、助けて、と、顔を歪ませ、狂おしく首を振って答えていた言葉。優しい響きでぼくの心を満たす。
(…やめてよ)
その手を見つめて、空しく抵抗した。
そんなふうに優しく言うの、やめてよ。
だって、ぼくはいつだって、暗闇に腕を伸ばしながら虚空をまさぐるようにして、必死で捜しているんだもの。
なにも見えないこの狂いそうなしじまから、ズタズタになったぼくを掬いあげてくれるなにかを。ぼくの体を力強く抱いて、誰の手も目も届かない遠くへ連れ去っていってくれる誰かを。なのに、こんなふうに優しく言われたら、こんなふうに優しいぬくもりを感じちゃったら、それがあなただと思いたくなっちゃうじゃない。あなたに、そうして欲しいと願っちゃうじゃない。ぼくをさらってよって、叫びたくなっちゃうじゃないの。でも、違うんだ。あなたは、ぼくのものにはならない人。ぼくのものにできない人。だから、優しくしないで。ぬくもりを寄越さないで。
あなたは、ぼくには手の届かない人。
でも、ぼくが、欲しくなってしまった人。
そうだ。
ぼくは、いま、このとき、この人が欲しい。
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