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八
ぼくがタカハシに抱いた恋心というものは、どこかしら雛鳥の「すりこみ」に似ている。孵化したばかりの雛が初めて見た動く物体を親鳥と間違えちゃうという、あれだ。
ぼくはもとはといえばそんなに恋愛感情の豊かな方じゃない。
むしろ逆で、中学までは人を好きになるなんてどうやったらできるんだろう、顔が可愛いだけで好きになるなんてありえねーよなとか思ったり、でもそろそろむりやりにでも好きな女の子を作った方が体裁いいのかな、なんて人知れず焦ったりもしていた。
いったい人を好きになるなんてのはどんな感覚なんだろうと、今から思えば奥手なのか不感症なのかよく分からないドライな中学生だった。ましてや高校に至ってはぼくのこの女みたいだとよく言われた顔と、内向的な性格がたたって、同性から何回も言い寄られたりして、そのうえ家ではごたごた続きだったから、正直、恋愛どころの話じゃなかったのだ。
そんなわけでぼくはこれまで、悟さんのおかげでセックスの回数こそ人並み以上を誇れるものの、一方で恋愛感情やらお互いを労わりあうセックスやらはいまだかつて経験がないために、初めてあんなタカハシのお優しいセックスを目の当たりにして、ぼくはあの美少年から奪いたくなっちゃったくらいにタカハシを好きになってしまったのに違いない。
しかしさすがに我ながら、これはヤバい、と思う。
いわゆるこれって不倫とか略奪愛とかいうドロドロした愛憎劇に突入しちゃうパターンなんじゃね?と思ったりもする。
でもまあ、いっかぁみたいな、あっけらかんと開き直った感じも、どこかでするのだ。
だって、好きになっちまったもんはしかたがない。
それは逆に、誰かを好きになれない状況が自分ではどうしようもならないのと同じに、好きになっちゃったのもまた自分ではどうしようもできないことなのだから。こんな低レベルの開き直りって、もしかしたらぼくが元来、そんなに物事を深く思い悩むたちではないからなのかもしれない。
ただせめては、あまり見苦しくないように、好きでいよう、とは、思ったりする。
旦那はあの美少年のものなのだ。そこんところ、ゆめゆめ忘れちゃならないぞ、と。それはかなり、つらい覚悟ではあるけれど。
タカハシの家は学校の最寄り駅から二つ先の駅から近いとのことで、その改札口で待ち合わせた。
昼過ぎの定刻前に着くとタカハシはすでにいて、ぼくは初めての駅での居心地の悪さから、その顔を見るなりふっと開放された。
梅雨の合間の晴れた日で、初夏にふさわしいような気温、湿気もあるからやや不快に汗が滲む。
半袖シャツから覗くぼくの腕はそうとう情けないくらいに青白くて細くて、やっぱり少々暑くても長袖にすればよかったと、筋肉の盛りあがったタカハシの健康そのものな褐色の腕を目に留めながら後悔した。
「家に行く前にちょっと寄るからな、珍しいところ」
そうそう、と、ひょこんと心が躍る。
ここに来るまでの電車の中でぼくが考えていたことといえば、この、タカハシの言っていた「珍しいところ」ってどこなんだろう、って、いや、もっと正確にいえば、昨夜悟さんにガンガン突かれて喘いでいたときも、それを考えていた。
いったいどこへ連れて行ってくれるのかしら。珍道中ってやつね、これって。
なんたって「珍しいところ」だから。絶対にカラオケとかゲーセンなんてありきたりな場所じゃないよな。
大人っぽいタカハシの旦那に似合いそうなところだから、なんとなく、プールバーなんてどう? あれって未成年は入れないんだっけ? 旦那なら難なく誤魔化せそうだけど、ぼくはダメだ。見た目がガキ過ぎるもん。
いまは時間が時間だから、あまり不健康そうな店は開いていないだろう。ああ、でも、思いきって、ラブホなんてどうよ。タカハシさん。もうぼくを好きにしちゃって。なんでも命じちゃって。思いきり感じて、遠慮なく根元までブチ込んじゃって。そんでぼくをアンアン言わせて。…あ? ――勃ちそう。ただし背中は見せちゃダメだな。SMのムチ痕なんて見たら、勃つものもおっ勃たなくなっちゃうもの。
「バスに乗るんだ」
はっと我に返った。あまりにふしだらな思考をしていたのでなんだか恥ずかしい。
とにかく一緒に行くならあまり金のかからないところがいいのです、ぼくは貧乏人ですから、と、前もって断っておいたほうがいいかしら。
他に並んでいる人のいないバス停に二人で佇む。見ると運行は一時間に二本ばかり。どこの田舎に連れて行かれるのだろうか。
まあ、どこでもいいんだけれどね。タカハシと一緒ならばそれだけでぼくはうきうきしちゃうのだから。
タカハシからふっといい匂いがしてくる。石鹸の匂いだ。ものすごく一般的な、小学校の手洗い場にあるような牛乳石鹸の匂い。
ぼくの鼻の高さにある腕、半袖の青いTシャツからぬっくと出ている上腕あたりから漂ってくる。風に揺られて、ほの甘く。
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